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花井くんの懸想

 城野内を侮れないと思うのはこんなときだ。母の日のプレゼントを何にしようか悩む僕に、自分なら川口さんに頼むと事もなげに言う。僕は何も言っていないのに、川口さんが好きだとバレている上に、わざわざ二人っきりになる口実まで与えてくれる。

「川口さん、誕生日プレゼント選ぶのがすごく上手いと思わないかい?」
「確かに……」

 手に持っている下敷きに目を落とす。城野内は運動部なので、横溝や村上さんと色違いのミサンガ。細いミサンガがスポーツソックスの上にかかっているのは見ていてなんだか羨ましい。武井さんや徳田は無くしたって言ってたからとシャーペンだったっけ。細かい気配りができて、数百円のものだから気にしないで、とあげた相手に尋ねられても誕生日を教えてくれない。もちろん僕は知ってるけれど。

「うん、頼んでみる」
「ファイトー」

 城野内に見送られ、教科書を出している川口さんの前の席に座る。

「川口さん」
「うぁっ!?」
`
 悲鳴とも驚きともつかない声をあげられて、用件を口に出すのをためらってしまう。川口さんは相当驚いたのか、頬を染めてうつむいてしまっていた。体調が悪いのかな、と小首をかしげても表情まではよく見えない。

「もしかして、体調悪い?」
「ち、違うの!」

 弾かれたように顔をあげ、ふっと困ったように笑う。

「あの、えっと、今日暑いよね! あはは……」
「そうだねー」

 手に持ったままだった下敷きで川口さんに風を送る。川口さんが嬉しそうに笑うので、こちらも溶けてしまいそうだ。

「あのね、もしよかったら、母の日のプレゼントを一緒に選んでくれないかな?」
「え? 私が?」
「うん、……付き合ってくれない?」

 ちょっとだけ下心を混ぜた言い方も、川口さんはにこっと笑って流してしまう。

「いいよ。駅前辺りまで行こうかー」
「でも、本当に体調悪くない? 熱とかない?」

 熱がありそうなのは本当だった。確かに今日は暑いけど、ゆでだこのようになるほどじゃないから。

「大丈夫、朝ご飯のショウガが効いたのかなー」

 あはは、と困ったように笑う川口さんの首元に、手を伸ばす。本当は何事もないように額を触ってしまえればいいのだけど、それすらできずに手の甲で首筋に触れる。少しだけ熱くて、僕にも少しだけ熱が移る。手を離すと、ふーっとゆっくり息を吐く。病院に行ったら心音を聞くときに深呼吸して、と言われるけれどちゃんと実行するんだなあ。

「うーん……やっぱり熱があるんじゃない?」
「へ、平熱高いから……」
「本当に? 体調悪いなら、買い物は延期でもいいよ? そんなことより川口さんの方が大事だからね」

 そう言ったのは事実だ。だけど、打算もある。だって、体調が悪いところを連れ回したら楽しめないかもしれないし、僕の印象が悪くなるかもしれない。大丈夫とかもごもご言って、川口さんは勢いよく立ちあがった。タイミングよく明石さんが声を上げる。

「ぐっちょん、ねぇ、ポニテ結んで」
「あ、うん! それじゃあ花井くん、また放課後にね」
「うん」

 ふらふらと明石さんの席に向かって行く川口さんは、僕と話す時よりもちょっとだけ元気そうだった。
 席に戻ると城野内がニヤニヤとこちらを見ている。

「いい見世物だな、川口さんが可哀想だ。公衆の面前で男に触られるなんて」
「え!? 熱がありそうだったから、つい……」
「しかも首筋ってちょっと変態っぽい」
「……それは城野内がうなじフェチだからだと思うけど」
「否定はしない」

 にひひ、と笑って城野内が嘯く。本当に飄々としているというか、人を食ったような奴だと思う。

「買い物、楽しめるといいな」
「うん」

***

 嫌では、ないかな。そう思って横を窺うと、川口さんはぽーっと頬を染めて歩いている。やっぱり熱があるのか、手を繋ぐなんて大胆すぎたか。
 できるだけ長く居たくてゆっくり歩こうと意識してからようやく、僕の考えるゆっくりが川口さんにはちょうどいいのだと気付いたところだ。

「あのっ」
「あ、クレープ食べない?」
「……た、食べる」
「ごめん、何言いかけたの?」

 川口さんは百面相をしながら、赤くなったり首を傾げたりしている。前からやってくる子どもを避けようと引っ張っても、大人しく引っ張られるばかりで気にしない。……これ、デートと言えるのか? もしかしなくても舞い上がっているのは僕だけなのかもしれない。
 確かチョコバナナでいいよねー、と聞くと生返事が帰って来た。……大丈夫なのだろうか。
 歩かせすぎたかな。何か不快になることしたかな。

「カップルデーなので2つで1000円になります。可愛い彼女さんですね」
「あ、えっと、はい」

 カップルに見えるのか。これは、川口さん的にはどうなんだろう。

「はい、どうぞ」
「あ、あれ!? ごめんぼーっとしてた! お金……っ」
「いいよ、今日のお礼ね」

 川口さんは逡巡して、顔をあげ、それから申し訳なさそうに口を開いた。

「……ありがとう」

 バナナが皮に包まれていてもわかるくらいのブツ切りで、食べにくそうにしている。僕が口を付けていなかったら換えてあげようかとも思ったけど、それもできない。

「あはは、クリームついてる」

 すごく可愛い。川口さんは慌ててクレープを置こうとして、それもできないから更にあたふたしている。

「えっ、どこ?」
「とってあげる」

 ほっぺたを指でなぞると、川口さんはぎゅっと目を瞑ってしまった。……こんなの、反則だ。
 つやつやした唇が、それでいてぷるんとした唇が、少しだけ、隙間があいていて。唇って、こんなに目が釘付けになる要素あったっけ?
 けれど、川口さんがうっすらと目を開けて慌てて手を引っ込める。

「とれたよ」
「ありがとう。……あのね、花井くんのお母さん、お仕事がいつも忙しいんでしょ? だったら、マッサージグッズとか……アロマとか……うーん、リラックスできるもの? とかいいんじゃないかな」
「そっか、喜ぶものばっかり考えてたけど、母に感謝する日だもんね。えーっと、そういうのってどこらへんで売ってるのかわかる?」
「雑貨屋さんになら大体あると思うよ」
「じゃあ、連れていって」

 できるだけ自然に手を握って、人混みの中に彼女が紛れてしまわないように捕まえる。川口さんは困ったように照れ笑いをして、仕方ないなぁと言いながら軽く握り返してくれた。

「――……ねぇ」
「ん? 何か言った?」
「ううん。お母さん、喜んでくれるといいね」
「うん、川口さんのおかげで、喜んでくれそうだよ」

 好きな女の子と買い物に行ったなんて伝えたら、どれほど大騒ぎするだろうか。連れて来いと言われるかもしれない。僕としては、こういう風にいられるだけでとても幸せなんだけどなあ。