音楽を食べる有名なクラスメイト
見ちゃったんだ。
あの子が、放課後に、音楽室でね、楽譜を――……。
「……食べちゃったんだって、みーちゃんの友達が言うには」
「……馬鹿馬鹿しい」
「何でよ、渉汰みたいに超能力とかあるのかもよ。だって、足立さんって、オペラ歌手だもん。楽譜食べるから、上手いのかも!」
笑美――鴨川笑美――は、きらきらと顔を輝かせながら言った。
こいつまだ俺が写真に人を閉じ込められるとか信じてるのか、とか、みーちゃんって誰だ、とか……いろいろ言葉は浮かんだが、可愛らしいと思うことにした。
こいつの頭だったらクラスメイトの半数が魔法使いやスーパーマンやっててもすんなり順応するだろう。
「……足立さんって、誰だっけ」
「え、信じられない! 今年から仕事があって学校に来る日は減ったけど、クラスメイトじゃない!! しかも中学校も一緒のはずだよ、渉汰は」
お前も俺の名前覚えてなかっただろ。
そう言いたいのを抑えて、とりあえず記憶を辿って足立の顔を思い出してみる。
「……音楽室、行ってみる?」
「は?」
「だって、気になるじゃない。みーちゃんが言ってたことが本当なら、今日も楽譜を食べてるはず!」
「『みーちゃんの友達』だろ。それって誰だよ。典型的な噂だな」
笑美はぷうっと頬を膨らませた。
「だから確かめるんじゃないっ!」
「はいはい」
「はいはいって何!」
笑美に引っ張られて音楽室へ向かう。
防音が施された壁でもなお、扉から響いてくる声。
オペラ歌手、だっけ。
「失礼しまーす!」
笑美がばーん! と扉を開ける。
「な、おい、やめろ!」
「……えっと……鴨川さん、だよね。何か用?」
「あ、えっと……あのね、学校の七不思議を見に来たんだ! ほら、夜にベートーベンの目が動くとか言うじゃない?」
「……それって……夜に来なきゃ意味ないと思うんだけど……」
「う、うん、そうだよね! 渉汰が急かすからー、もう……じゃ、じゃあね、足立さん、また明日!」
「うん、また……」
誰がいつ急かしたんだ。
笑美は俺を引っ張りながら、何やらブツブツ呟いている。
「食ってたな、楽譜」
そう言って初めて、笑美は歩くのをやめた。
「だよね……見間違いじゃないよね……」
驚いているのかと思ったが、きらきらした笑顔で俺を見た。
「やったね、渉汰、超能力仲間だよ!」
「…………」
頭いいのか悪いのか、はっきりしてほしい。
「……あーあ、私にもないかなぁ、超能力」
「…………」
こういうとき、何て言えばいいんだろうか。
「……あ!」
「どうかしたか?」
「そういえば、超能力じゃないんだけどね、今はもう引っ越した先輩が、この学校にはナルシストな幽霊がいるって言ってたの! 先輩も霊感あるんだよ!」
「へー」
「なのに! なんで私にはないの!?」
「霊感とか、あっても嬉しくないけどな……」
「う……確かに……でも、でもね、渉汰……。ちょっと、羨ましいんだよ。塾行って、勉強ばっかりしてると、たまにね、たまに……空を飛んでみたいとか……思うんだ」
「そうか。痩せたら『お姫様だっこ』とかしてやるよ。浮いてる気分になれるだろ」
「……ひどいっ!」
食べてたな、楽譜。
After school in Music room ――放課後、音楽室にて――
今日も歌声が聞こえる。
カラリとドアを開けると、やはり足立がいた。
「何か用なの? 昨日も来たよね……鴨川さんと。付き合ってるの?」
「まぁな。……あぁ、やっぱりな」
「何言ってるの?」
「噂があるんだ。『足立が楽譜食べてる。だから歌が上手いんだ』って」
「へー、初耳」
足立はまた一口、楽譜が描かれたホワイトチョコレートをかじった。
「見に来てもすぐに逃げるから、香りまでは気付かないんだろうな」
「……あぁ、そういうこと……」
「でも、気にしなさそうだし……誤解解くつもりないだろ?」
「うん……、わざわざ言うのもおかしいし」
「じゃあな、笑美は信じたいみたいだし、超能力者」
「ふふふ、鴨川さんの為なのね。中学時代からは想像もつかない」
「……じゃあな、足立」
「さようなら……堀田くん」
愁いを帯びた表情が物語るものを、俺は知らない。
音楽を食べる有名なクラスメイト――了
お題元:水性アポロ