リアリストに魔法のキス2
さて、二人して唇に怪我しているのを見て俺の自慢の友人達は見なかったふりをしたのに対し、彼女の友人達はぎゃーぎゃーと騒ぎ立てた。挙げ句俺はキスが下手くそというレッテルを貼られたわけだがそれは置いておこう。彼女達に本当に下手かどうか披露する気はないし、どう思われようが関係はない。問題は彼女だ。「違うの、私が下手なのよ」?キスが事実だと肯定してどうする。何も言わなければ偶然同じところに怪我したで済んだものを。大体、あんなのノーカウントだ。
「どうしたの?えらく不機嫌ね」
「近寄るな」
「あら、もう誰も私と仲良くても茶化したりしないわよ」
「勘違いはされてるだろ」
「勘違い?何のことかしら」
お前と俺が付き合ってると思われることだよ!まさか、そう返したら違うの?とか何とか答える気か?
彼女はいつの間に距離を詰めたのか俺の額を指でつついた。
「考えごと?」
「あ!れ!は!!」
「?」
「事故だ」
「事故?…えぇ、歯がぶつかるなんて思わなかったわ」
彼女が腕を組んで眉をひそめる。
本当にひどい事故だわ、と口を尖らせる。
「違う!俺と君は友達だろ」
「あら、おかしいわね。私のこと好きじゃなかったの?」
「そんなこと一言も言ってない」
「そうだった?」
彼女との会話はいつもこうだ。的を射ない。だからイライラする。彼女にはまったく伝わらないが。
「ねぇ、じゃあなんで私に期待させるのよ」
「期待?」
「こうして手を引いたり、平気で二人っきりになったり…。私、すごくドキドキしてるんだから」
「…は?」
とりあえず手を振りほどいて思案する。俺が二人っきりの状況を作ってるわけか。それが期待させている、と。いや待て。何故俺がそんな状況を作らなければならない?これは罠だ。甘く密やかに仕掛けられた彼女の罠。
「わかってるんだ。君は俺を嵌めようとしている」
「なぜ?意味がないわ」
「騙されないぞ」
「えぇ、賢いあなたを私が騙せると思う?」
わかってるんだ。君の方が賢いことくらい。だけど君も同じくらい見抜いてる。俺がそれを認めないこと。
恐ろしい女。賢い女。見ていたくなるのも事実。
彼女とにらみあっていると、彼女さ小さくため息をついた。
「無理しなくていいわ」
彼女はそっと一歩下がった。
「そうね、少し暗示をかけたわ。ちょっとだけ、私は特別なんだって思ったの。だから…。…言い訳にはならないわね。無理矢理キスしてごめんなさい」
「……やっぱり」
賢い女だ。見抜いてたんだ。
だから、彼女は俺に彼女の友達を近付けようとしなかったし、ただの『少女』であろうとした。
「ねぇ、私が怖い?」
「…少なくとも、君は」
怖くない。
必要以上に近付いても吐き気はしない。それは元からだった。汚いことを何も知らないような綺麗な、小さな女の子だと思ったから。…これじゃあまるで俺がロリコンだな。
だけど彼女がとても熱い情熱を胸に秘めているとわかっても、駆け引き上手な成人女性だとわかっても、その手を掴めたのは彼女だからだ。吐き気もしなかった。
「…克服は、全然できてなくて…」
「えぇ」
「俺は君のこと、女だと思ってないのかもしれない」
「私はそれでもいいわ」
「…でも、君のことが好きなのかもしれない」
唇が乾いて仕方ないのでぺろりと舐めると、彼女に噛まれたところがぷっくりと腫れている。
「無理しなくていいわ」
「無理はしてない」
「言ったからね?」
「二言はない」
「私、あなたを好きな女として近付いていい?」
「君、全然隠せてなかったよ」
そうだ。いつもの彼女だ。女とかそうじゃないとか、そんな括りじゃない。大学に入って最初に声をかけてくれた、俺の大切な友人。
「嬉しいわ!1年の頃からずっと好きだったんだから!!長い片想いよ!!」
いつの間に距離を詰めたのか、彼女は俺をぎゅっと強い力で抱き締めている。燃えるような赤毛を掬えば、ふわふわのそれは彼女の感情を体現するかのごとく揺れた。
世界は無機質で色がない。それを変えたのはこの嫌でも目に入る赤毛で。女は恐ろしい生き物。その思い込みを変えたのは、小さな愛しい俺の友人。
彼女は顔を輝かせて、俺の嫌いな非現実的なことを平気で言う。
「魔法はあるじゃない!魔法のキスで王子様の呪いが解けたわ!!」