Mymed:origin

年下の恋人

 私には絶対に人には言えない秘密がある。社会的にも問題があるし何より教師失格だ。

「筒井先生、お疲れですねー?」
「あ、飯野先生……」

 反省の色がない彼女は今日も私のお気に入りの缶コーヒーを机に置いた。何度目だろう。
 親友と呼んでいいと思っているこの同期にすら、言えない秘密。

「飯野先生は……悩むこととかあるんですか?」
「なっ、私だって悩み事くらいありますよ!うちのクラスはなんであんなにいい子達なんだろう……私、ちゃんとやれてるのかなって!あ、そういえば筒井先生のクラスの古賀くん、最近授業中に寝ちゃうようになったんですけど、何か知ってます?」

 古賀くん。彼がまさに私の悩みの種で秘密の張本人。

「……はあ……。参ったなあ……」

 授業中に寝てる、か……。夜はちゃんと寝ているはずだけど。何故知っているかって、それは、毎晩彼が寝るのを見ているからだ。……私の部屋の、私の隣で。

+++

「今日、飯野先生に古賀くんが毎回寝てますよって言われたんだけど」
「俺の情報収集?照れるなあ」
「違う」

 ソファーでくつろぐ古賀くんを尻目に、明日の授業の準備をする。
 いつの間にか、当たり前のように家に来るようになった彼は、制服を脱いでもやっぱり高校生だ。なのに、飄々として捕まえられず、摘まみだすことすらできないでいる。

「いい加減、家に帰った方がいいと思うんだけどなあ」
「やだね。最初にここに連れてきたの、先生じゃん」
「……そうね。お金でも渡してビジネスホテルにでも泊まらせるんだった」

 深夜の繁華街でぶらぶらしている生徒を見かけて気が動転したのもある。とにかく、彼を家に連れてくるべきではなかった。

「…………お風呂に入ります」
「じゃあ俺、ご飯作ります」

 古賀くんの作るご飯は、思ったよりは美味しかった。以来、嬉しそうにご飯を作ってくれる。私が作っても美味しそうに食べてくれる。
 ………………………………これって、同棲というものではないだろうか。
 化粧を落としながら、ふとよぎった言葉に目を見開く。痛い。目にクレンジング剤入った。

「…………同棲……」

 これ、あれだ。学校に知られたら一発でクビだ。しかも、……条例違反。逮捕も有りうるんじゃないだろうか。
 そもそも、私は古賀くんが好きなのだろうか。流されるだけ流されて、逮捕されるなんてことになったら――……私の人生終わりだ。古賀くんも、わだかまりのあるまま家に帰らなきゃいけなくなる。
 ……いや、そもそも、古賀くんは家に帰りたくないからうちに避難しているだけで。うちにくれば雨風は凌げるしご飯はあるし寝るところもあって体も慰め……。

「あ……れ……?」

 なんかおかしくない?
 古賀くんはなんでうちに来るんだろう。私のことなんだと思ってるんだろう。
 とても惨めな答えが浮かんで、そうじゃないと首を振る。でも、そうじゃなかったら、社会的に許されない関係になる。違う。どんな関係でも生徒が教師の家に入り浸るなんておかしい。

「先生、ご飯できたよ」
「あ、ごめん、すぐあがる」

 バシャバシャ顔を洗って、お風呂からあがる。知らず、溜め息がでる。体を拭いてルームウェアを着てバスタオルを洗濯機に入れると、古賀くんの服が入っていた。ああ、もうこんなにも浸透してしまっている。明日の朝干せるように洗濯機の予約を入れると、夜ご飯の良い匂いが漂ってくる。

「目、赤いけどどうかした?」
「あ……さっき、クレンジング剤が目に入っちゃって」
「先生、可愛いんだから化粧しなくていいのに」

 ……だめだ。古賀くんに可愛いと言われるのが、こんなにも嬉しい。
 立ち尽くして動かない私の傍に寄ってきて、髪の毛をタオルで拭きながらおでこにキスをしてくれる。

「……古賀くん……。ゆうひくん」
「なあに、さいこさん」
「…………ご飯を食べましょう」
「はい」

 こうして問題を後回しにしていったら、いつか後悔するかもしれない。
 ご飯を食べ終えてソファーで仕事の続きをしていると、隣に古賀くんが座った。

「初めて名前呼んでくれた」

 膝枕の状態で、嬉しそうにこちらを見ている。

「雄飛くん」
「彩子さん」
「雄飛くん」
「彩子さん」
「私は、雄飛くんのこと好きになっちゃいけないって思ってた。だから、せめて、高校を卒業するまで好きって言わない。ごめんね」
「……うん。俺はただの家出少年だよ」

 ぎゅっと私のお腹に腕を回して、大きな体を縮こまらせている。
 頭を撫でると、彼はとても弱弱しく私の名前を呼んだ。

「でも、やっぱ、俺は好きって言っていいよね?」
「うん」
「好き」
「うん」
「彩子さん、好き」
「……うん」

 もっと違う出会い方だったら、こんなに苦しめなくてよかったのだろうか。

「雄飛くん、寝るならベッドに行って」
「彩子さんも」
「え?わっ」

 どさっとベッドに倒れ込む。
 ルームウェアをめくりあげる手をはたき落として電気を消すと、彼は小さく溜め息をついた。

「生殺し」
「ちゃんと夜寝て、授業中起きてなさい。おやすみ」
「……おやすみ」

 しばらくすると静かな、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 小さな子供のようにしがみついて眠る彼は、こんなにも愛おしいのに。なんで全然、うまくいかないんだろう。