最低男と最低女
昔川と田んぼに囲まれていたから川田地区。嘘か本当か知らないが、そこに昔住んでいた飯野ナントカさんという金持ちが息子二人に土地を分け更に息子が土地を分け、川田地区の実に4分の1が飯野という名字をもつ家庭が登場したらしい。というのは親父に聞いた話なのだが、近所に飯野さんはめちゃくちゃ多い。かくいう俺も飯野奈津。金持ちの祖先の名残も何もない一般家庭の一人っ子だ。
さて、なぜそんな話をするのか?なぜならこれから出てくる人の名字がすべて飯野だからだ。
***
目の前にいる、どんより沈んだ表情の8歳年上の幼馴染み、知花ちゃん。何故こんなことになっているのか、俺は未だに理解してない。知花ちゃんママがお袋に会いにうちに来たと思ったら、知花ちゃんを家から連れ出してくれと頼まれたのだった。
しかし俺がまともに女性と話せていたのは中学まで。俺が何やら落ち込んでいる知花ちゃんを励ませるとは思えなかった。女性が苦手なのだ。
だが、目の前にいる幼馴染みを放っておけるほど女性がキライにもなっていない俺なのだった。チラチラ知花ちゃんを見ては口をつぐむ。
「知花ちゃん……」
「奈津くん。久しぶりだね。大きくなったね」
はははっと目が笑わないまま知花ちゃんが笑う。
お袋から聞いた話だと3月で突然仕事を辞めたとか。理由は知花ちゃんママも知らないらしく、自暴自棄になっているところを実家に連れ戻したのだとか。
「ねぇ、奈津くんって浮気とかしてたって言ってたよね」
「え……」
言ったっけ。言ったかもしれない。俺のバカ。女ちょろい、とか言った気がする。
ちなみにそれが俺が女性が苦手になった原因だ。中学の時は5股を達成するほどモテまくっていた俺は学校一おとなしかった元彼女に殴られて以来、彼女全員にフラれただけでなく女子に総スカンをくらい完全孤立、今では半引きこもりの地味青年となったわけだ。自業自得なのかもしれないが、見事な転落っぷりに女性と関わるのはこりごりだと思っている。
「まぁ……若気の至りみたいな」
「浮気性ってなおらないのかな」
浮気されてここまで落ち込んでるってことか?
浮気した側の俺で慰められるだろうか。
「結婚しようって言ってたのに……」
破談?
知花ちゃんママはそんなこと一言も言ってなかったけど。
「知花ちゃんも、元は浮気相手?」
「……」
知花ちゃんは身じろぎもしないけれど、わずかに表情が強張った。ビンゴか。
誰かから奪ったらしっぺ返しがくるんだ。俺もそうだ。
「経験者とか偉そうな言い方できることじゃないけど、かなり痛い目みないと繰り返すと思うよ」
「…………そっか」
「スリルとか秘密とか、最低なんだけどなんか麻痺して楽しくなるんだよな」
「私の場合は秘密なのかな。もしかしたら、離婚の口実かも」
「離婚!?」
聞いてねぇぞ。
「ちょっと待って、それって不倫……」
「……そうとも言うかもしれないけど、私達は出会うのがちょっと遅かっただけだもん」
「あー……そう」
「…………」
「知花ちゃん」
「現実、受け止めなきゃいけないのはわかってるんだよ……」
知花ちゃんが初めて無表情を崩してテーブルに突っ伏す。声も感情を帯びたような気がする。
「奈津くんと同い年の息子さんが中央高校にいて……耐えれなくなって辞めちゃったし。第一か華宮で就活しようかな……」
「息子が俺と同じってことは、その相手かなりのオッサンだったんだね」
「あーあ、同じタブーなら彩子ちゃんみたいに高校生に手出せばよかったー」
おい。その彩子ちゃんも何してんだ。
「ありがとう奈津くん。ちょっとスッキリしたよ。お母さんにもこんなこと言えないし」
「再就職できるといいね。新しい恋とかも」
「うん。彩子ちゃんに連絡しよう。あ、奈津くん受験生だよね、進学? 化学のことは何でも聞いてね。コーヒー代払っとくよ。じゃあね」
一気に捲し立てて知花ちゃんは帰って行った。
切り替え早いな……。さっきとは別人みたいだ。中学でも元彼女達は切り替え早かったもんな……。川口は違ったっぽいけど。あいつ、元気かな。
メールの着信を知らせるケータイをポケットに押し込み、店を出る。知花ちゃん、前に進めるといいな。俺もだけど。