ハッピーエンドプランナー
さて、とんでもないことになったぞ。
その場の空気は刺々しく、きれいに化粧をした女の子達は今にも人を殺しそうな顔をしている。恐ろしい。
「た、体調が悪いなら仕方ないよな、な?」
幹事だった先輩が妙にわざとらしく女の子をさっさとお持ち帰りしてしまい、明らかに先輩を狙っていた女の子達はお通夜状態。あの、先輩が連れて帰った山代とかいう女の子が気の毒になるほどの怒りが見えた。確実に矛先はあっちを向いているだろう。
「篠崎くんってB専だったんだねぇ」
「そうなんだね」
B専。不細工がタイプのこと。
いや、確かに化粧も薄かったし服も気合いが入っていたというわけではないけれど、不細工呼ばわりはひどいだろ。そう言ってる顔、見たことあるのかな。数倍不細工だぜ。――なんて、言えるわけないか。
「飲もうよ。何がいい?」
「あー、もういい。あたし帰る」
「私もー」
一気に場が白けて全員が帰る準備を始めた。まぁ、引き留めるほど気になる子もいないか。高いヒールでどうしてそう早く歩けるのか、カツカツと行ってしまうのを黙って見ていた。
「あっ、え。待って。……ぁ」
おい、一人置いて行かれたぞ。
「じゃあな、飯野」
「また明日」
「ちょっ、おい。この子どうすん……」
あれ、もしかして俺も置いて行かれた?
残された女の子を見ると、その子は俺の挙動を窺うようにじっと見上げていた。
「……暗いし、送る」
「あ、ありがとう」
改めて見てみると、可愛い服を着て、きれいに化粧をしていた。帰った二人はギャル風だったが、ちょっと前に流行ったなんとかガール風というか。
……中学の頃付き合ってた川口なんか、こんな感じなのかな。って、あいつのこと引きずりすぎだ、俺。でも川口と別れて……というか、ふられてから実に5、6年ほど彼女がいたことないし、女の子と何を話していいかわからないな。
おそらく駅の方に歩き出した女の子を追って、俺も歩き出す。ちょうどいい酔いさましになりそうだ。
「ごめん、名前……なんだっけ」
「……藤野みさ」
「悪いな、先輩帰っちゃって。つまらなかったでしょ」
「……ううん、私、数合わせだったから……。でも、あの人は確かにかっこよかったね」
だよねぇ。
沈黙した瞬間、ケータイが鳴った。先輩だ。文句の一つも言いたい。
「ごめん、電話出るね。――……もしもし」
『もしもし、悪い、飯野。田所達から苦情きた』
「ほんと、いい迷惑っす」
『いやー、オレくらいいなくてもいいかと思ったんだけど』
先輩はかっこつけないところがいいけれど、イケメンという自覚がなさすぎる。
『二人で飲みなおすか?』
「まじっすか。ちょっと待ってください」
電話口を押さえて、みさちゃんを見ると彼女はとてもつまらなそうな顔をしていた。
「みさちゃん、篠崎先輩が飲みなおそうって言ってるけど、来る? 二人でって言ってたし、さっきの……えっと、山代さん? はいないみたいだけど」
「……いいの?」
「いいんだよ。先輩のこと狙ってたんでしょ?」
「ね、らってたってわけじゃ、ないけど……」
「あ、もしもし先輩? 一人増えてもいいっすか? 藤野みさちゃん」
『おっ、やるな、飯野』
「送ってる途中だっただけっす」
それから同級生の横溝がバイトしてるバーで飲み直すことになって、みさちゃんを連れて店へと向かう。お、横溝の原付がない。あいつ、バイト休みかな。
「よっ、えーっと、藤野さん、さっきはゴメンね」
「い、いえ……」
みさちゃんは少し頬を染めて俯いた。ちょっとかわいいな。
「てっきりお持ち帰りしたのかと思ったんすけど」
「やだなぁ、山代はオレの元カノなんだよ。巻き込んで悪いとは思ったけど、逃げちゃった。オレああいう女の子怖いんだもん」
「ブチギレてましたよ。あ、みさちゃん何飲む?」
「あ、えっと、カクテルとか、よくわからなくて」
「んー、そうだな……。ファジーネーブルとか美味しいんじゃない?」
「じゃ、それにする」
先輩が適当に勧めたカクテルに即決したみさちゃんは、乾杯した後に一口口を付けて、甘いと笑った。
このまま俺がさっと帰れば、みさちゃんは先輩と仲良くできるだろうか。
「俺、帰ろうかな」
「え」
「え?」
「じゃあ、私も」
財布を取り出そうをするので、みさちゃんを少し引っ張る。
「先輩と二人っきりにするから、連絡先聞いたりとか、えーっと、送ってもらうとか」
「や、やだ……。一人にしないでよ」
「でも……」
みさちゃんと押し問答していると、先輩の姿はなかった。
おい、自由人だな。
店の人に「金はもらったから」と告げられ、がっくりと肩を落として外に出ると、みさちゃんもとことことついてきた。
「先輩帰っちゃったよ。いいの?」
「いいよ」
「もったいないなぁ。……それじゃ、送るよ」
「あの」
「何?」
「連絡先、教えて」
「俺の?」
「うん」
「先輩のじゃなくて?」
「飯野くんの、が、いいんだけど」
「え!?」
連絡先なんて、いっつも誰かのを聞かれてたから、そんなことがあるとは思っていなくて。かぁーっと顔が熱くなる。
中学の頃はモテてたのに、その免疫はまったくなくなっていたらしい。
「先輩は」
「あの人、帰っちゃったじゃない。かっこいいとは思ったけど、付き合うとか、そういうのはちょっと――」
「さ、次はどこ行く?」
先輩が俺とみさちゃんの肩を抱くように現れた。トイレ行ってたのかよ。
みさちゃんは、わずかに眉間に皺を寄せて先輩の腕を振り払った。
「私、帰る」
「あ、えっと、俺みさちゃん送るんで」
「あっそ。じゃあオレも帰る。またなー」
「また明日」
また、みさちゃんと歩き出す。さっきよりも、少しだけ距離が近い気もする。
「今度、二人でご飯食べよう」
「うん」
「ランチでも」
「そうだね」
「あ、一応フォローしとくけど、先輩、ちょっと女の子苦手だけどいい人だよ」
「あの人のことはいいから、飯野くんのことを教えて」
街灯に照らされたみさちゃんの顔は、少しだけ酔いがまわってとろんととろけそうで。
俺も、きっと真っ赤になっていて。
これが恋の始まりだというのなら、俺の今までの恋と失恋はきっとこの時のためにあったんじゃないかとさえ思えた。