密室
目の前のこいつはお化けや幽霊が怖いと言うが、真に恐ろしいのは人間だ。
草壁日下はそう考えている。
そもそもお化けや幽霊はいないと考えているし、いるとしたら、恐らく日下は既に取り殺されてこの世にはいないだろう。
「くさか!」
20歳も年下の同居人は屈託なく笑う。ほら、恐ろしいのは人間じゃないか。
草壁日下は喫茶店を経営している。1階が店舗になっていて、物置として使う地下、居住スペースの2階がある3階建て。
居住スペースには、日下の他に闇淵聖、火鏡満輝、雨篠陽がそれぞれ寝泊まりしている。家族ではない。友人でもない。
同僚といって差し支えないかはわからないが、同僚という関係に当たる。
「くさか、アイスたべたいんだけど!」
「自分で買って来い」
「聖ちゃん、私と行こ?」
聖に微笑みかけるのは、九条院蒼華。聖のパートナーの女子高生。蒼華には家がある。帰るべき場所があって、守りたい家族がいる。
今のところ、依頼達成率は100パーセントで、最近は怪我すらしない。
アイスが食べたいと駄々をこねる9歳と、優しく手を繋ぐ女子高生。
草壁日下は、この微笑ましい光景が何より恐ろしいと思った。
その両手は何人もの血で塗れているというのに、まるで幸せしか知らないように笑うこの少女たちが、恐ろしい。
買い物に出かけた少女たちだったが、数分後、聖だけで帰ってきた。聖は客がいないのを確認して、カウンターの高い椅子によじのぼった。
「蒼華は?」
「はくを見つけたっていうから、と中でかえった」
「例の弟か」
「うん。あれはそうかのじゃく点だね」
「だろうな」
差し出したエスプレッソをアイスにとろりとかけ、聖は9歳には到底見えない目をして「でも、いいな」と言って口元だけで笑った。
「ひーちゃんには、もう家ぞくいないしね」
日下は反射的に言いかけた言葉を飲み込んだ。「自分で殺したんだろうが」。
闇淵聖は悪の塊だ。聖を知る同業者はこう呼ぶ。笑う背理と。
笑う以外の感情表現をしない聖は、両親を殺し、そうして笑ったという。道徳もクソもない。とにかく道徳に反するのを信条とするような、ぶっ壊れた人間だ。
だが、日下たちの裏の職業には、必要な人物だった。躊躇いなく人を殺せる人間が。
「“あい”なんか、知ってる。だけどひーちゃんはもってない」
「自分で壊せば、そうだろうな」
「そうかがうらやましい」
聖が両親を殺した理由は、大好きだから、だ。
日下のことは、恐らく好きではない。好きであっても、大好きではない。
日下には――いや、おそらく誰にも、聖の気持ちなど理解できることはない。
「くさか、くさかもたべる?」
「お前の食ったものなんかいらない」
「ひっどーい」
草壁日下は、闇淵聖に愛されるのが、たまらなく恐ろしかった。
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LUNKHEADの密室です。
日下や聖は昔メルマガ限定で公開していたシリーズのキャラなのですが、この歌を聞くたびに頭の中で聖が戦う映像が流れるのです。
いつもは歌からのイメージを書くのですが、今回は完全に聖のイメージソング。
この掌編小説の著作権を放棄します。