帝国歴313年10月
「……久しぶりね、アリス」
「……」
「無駄ですよ」
看守が肩を竦めて言う。陶器人形に挨拶しても返事なんか来ないさ、と。
溜め息を吐いたアタシには目もくれず、彼女は車椅子に座ってぼんやりとどこかを見つめている。
「アリス・ウィルソン大佐。聞こえる?」
フルネームで呼ぶと、わずかに瞳が動いた。声は聞こえているらしい。
「だから、挨拶は時間の無駄だ。早く始めてくれ。一応心神喪失らしいが、殺しのプロだぞ。軍人さんと違って俺はただの看守なんだ、あまり長居は――」
「外で待っていていいわ。不安なら鍵もかけていい」
「……何かあったら呼んでくれ」
看守が出ていくと、面会室は二人きりになった。ガチャリと鍵のかかる音を聞いて、思わずまた溜め息を吐いた。アリスは銃器のスペシャリストであって、殺しのプロはどっちかっていうとアタシだ。
彼は陶器人形と形容したが、まさに陶器のような肌に映える金髪。輝くことも曇ることもない、美しく澄んだブルーの瞳。銃部隊の大佐にまでなった人とは思えない細身の女性。
「それにしても、華奢なあなたが何丁もマシンガンを持てるとは思わなかったよ」
一瞬。とてもわずかに、瞳孔が開いた。
「グラッス、くん」
「……アリス?」
「……」
グラッス、って。確か彼女の部下だった中佐ね。当時上級大尉で、虐殺された被害者の一人だ。だから、中佐。
「友達になろうって言ったじゃない、アリス」
「……」
返事はない。あの時も社交辞令みたいだったものね。気にせずにレコーダーの電源を入れる。
「……これより、陸軍第四部隊特別実験プログラム、催眠療法を用いた心神喪失者への尋問を開始する」
さぁ、語ってアリス。
あなたは何故、帝国史に残る大虐殺を起こしたの?
「アリス・ウィルソン、あなたは私が3つ数えると深い眠りにつきます――……」