Mymed:origin

帝国歴311年9月1日

「あのっ、入隊式の会場に行く道を教えてもらえませんか!」

 その声を聞いたのは、階級腕章と正装のジャケットコートを掴んでまさに式典へ向かおうとしていた時だった。
 長い前髪をかき上げて帽子をかぶりながら様子を見ていると、バーントアンバー色の髪の青年が、恥ずかしそうに手近な少佐に話しかけている。

「迷子か?」
「は、あの、自分、第二部隊に上級大尉として配属が決まっているジェイド・グラッスです」
「お、後輩だ」

 ドーソンくんが嬉しそうに答えている。
 上級大尉。士官学校を卒業する時に与えられる階級だ。入隊式の前に職場の下見に来たというところか。来た道すら戻れないとは、何とも間抜けだ。
 方向音痴は戦場に向かない。スナイパー志望だろうか。……というか、そうでなければ来た道を戻れない兵士なんて足手まといだと思うのだけど……。
 放り投げていた新人の資料に目を通すと、やはりスナイパーらしい。一つ溜め息を吐いて、大尉から少佐に昇進したばかりの部下を呼びつける。

「シモン」
「はい」
「彼が入隊式前に見学に来たそうだ。君の補佐になるだろうから式典会場に連れて行くついでに案内してやって。式典までは30分ある」
「はい」

 シモンが士官学校の思い出話に花を咲かせているドーソンくんに話しかけるのを見届けて、部屋を出る。
 新入隊員が集まる前には行かなければならない。ジャケットコートを羽織り、腕章を着ける。帽子をかぶり直して式典会場へ向かう。

「アリス・ウィルソン」

 不意に声をかけられて、見るとベイル第一部隊大佐がいた。敬礼をするとほぼ同時に返礼がくる。第一部隊は近距離武器専門。その中でもこの人は剣術が優れている。私が少佐の時もこうして話しかけてきた。

「大佐昇進おめでとう」
「そちらこそ、大佐昇進おめでとうございます」
「いいよなぁ、女でも卑怯に遠くから狙えば大佐になれる」
「おかげさまで」

 この人はこういう人だ。もう慣れたけれど。中・長距離武器を扱う第二部隊が嫌い、そして非力なくせに戦場で出しゃばる女が嫌い。わかりやすいので私は嫌いじゃないけれど。

「ベイル大佐、ネクタイが曲がってますよ。それじゃ」
「おう。あ、じゃない。ウィルソン、ちょっと待て」
「はい?」
「第一と第二で合同訓練しようぜ。トーナメントで」

 トーナメントって、訓練じゃないですよね。武術大会ですよね。部下にそんな迷惑はかけられないよなぁ。
 溜め息を吐くと彼はあくびをした。つられたみたいな目で見るな。私は溜め息を吐いたんだ。

「あー……陸将閣下が良いと言ったらいいですよ。でも、どうせ私とベイル大佐の決勝戦になるんですから決勝戦だけでいいじゃないですか」
「それもそうだな! 閣下にかけ合ってくる!」
「今はやめた方がいいと思いますよ!!」

 陸将閣下なら既に式典会場に行って新入隊員をからかっているのを見たが、ベイル大佐はどこかへ走って行った。邪魔くさいロングコートの正装であの速さなのだからあの人はちょっとおかしいと思う。
 式典会場では、既に何人かの大佐が席に着いていた。適当な席に座ると、誰かが隣に座る気配がした。

「陸二の大佐は随分若いな」
「昨日付けで大佐に任命されましたアリス・ウィルソンです。ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 腕章に書かれた隊と階級を見たのだろう、前を向いたまま社交辞令で固めた挨拶を返す。堅苦しい正装は苦手だ。早く始まればいいのに。

「……自信のない目だな」
「えっ」

 思わず顔を上げてその人を見ると、その人はニッと笑った。エルスト・ルーデリア空軍第一部隊大佐。100年に1度のエースパイロットだ。
 なんて人を社交辞令であしらおうとしてたんだ。

「やっと俺の目を見たな」
「す、すみません……」
「戦闘機は適当に突っ込んでれば勝てるがね、銃はそうもいかん。実力がある者しか大佐なんてなれんよ。自信を持ちたまえ」
「ありがとうございます」

 激励、と捉えて……自信を持って、いいのだろうか。

「ところで、ここは空軍の席なのだが」
「えっ!? あ、申し訳ございません!」

 慌てて席を移ると、ベイル大佐がとても興奮した様子で話しかけてきた。

「ルーデリア大佐と何話したんだよ!」
「は? 席を間違えていたから教えてくださっただけですよ」

 そういえば、適当に突っ込む戦闘機は大体自爆しているのではないだろうか。謎である。

「そうなのか」

 ベイル大佐は数秒間……たぶんわざと席を間違えるか悩んだ末に普通に握手を求めに行っていた。小さい頃ルーデリア大佐に憧れたクチか。
 ベイル大佐は無視して、陸軍の他の大佐に挨拶をして回る。と、すぐに式の開始が近付いていることを告げるアナウンスが入った。
 大佐以上が出席する入隊式は、華やかに始まり厳かに終わる。見渡してみると、先の大戦での殉職者が多かったせいか陸軍のボトルグリーンの制服が半数を占めている。狙撃手だけで構成された私の小隊は無傷だった。第二部隊はどれほどの殉職者を出したのか、正確な数字はいまだ発表されていない。把握している限りでは、第一、第三部隊との連合小隊がほとんど全滅しているらしかった。
 ボトルグリーンの陸軍、藍白の空軍、アイアンブルーの海軍。こうして並ぶと壮観だ。ここから、どれほど殉職者を出さずに任務を遂行できるか。私が考えなければならないのはそこだろう。
 これで終わ――……。

『それではこれより、陸軍第一部隊大佐、キース・ベイルと同じく第二部隊大佐、アリス・ウィルソンによる武術演舞をお見せします。各隊の新入隊員、及びご覧になりたい方はどうぞ』

 アナウンスが聞こえて、ベイル大佐が意気揚々と立ち上がる。興味のなさそうな人達がぞろぞろと帰る中、これから部下になるのであろう数百名の隊員たちがキラキラした目でこちらを見ている。

「……何ですか、これ」
「お前が戦いたいなら閣下にかけあえと言っただろう」
「今はやめろとも言いましたよね」
「引き下がれないぞ、アリス・ウィルソン」
「いい加減殴らせてもらいますよ」

 ベイル大佐には剣のレプリカ、私には各種銃器のペイント弾。

『それでは、開始』

 合図と同時にスナイパーライフルを手に取る。ベイル大佐は剣を持って距離を詰めてくる。正装では走りにくそうだ。

「それは撃つのに時間がかかるだろう!?」
「馬鹿にすんな」

 数発撃つも、わずかに着弾点からズレた位置にいるベイル大佐。スナイパーライフルでベイル大佐が振りかぶる剣を受け止め……きれず、バック転しながら拳銃で牽制して距離をとる。

「やるじゃん」
「そっちこそ」

 あの腕力の強さは予想以上だ。どうする。サブマシンガンを手に取り足元を撃ちまくる。さすがに全て避けられ、その先にスナイパーライフルを撃ちこむ。これもギリギリで避けられる。
 ベイル大佐が大きく振りかぶり、ナイフが数本飛んでくる。それを全てサブマシンガンで撃ち落とし、真正面からサブマシンガンを浴びせる。ほとんど斬り落としたベイル大佐だったが、いくつかは当たったようだった。

「あー、負けた」

 べったりと付いたピンクのペイントに触れてみて、ベイル大佐が肩を竦め大の字に倒れる。一瞬間があって大きな拍手が起こった。
 頭を下げて、ベイル大佐を起こしに行く。

「今度は迷彩服でやりましょうね」
「楽しかった。すげぇ腕だな」

 避け方も有り得ないし、銃弾を斬り落とすなんて超人技だ。私ももう少し訓練しようかな。
 ちょっとは認めてくれただろうか。執務室に歩き出す。幸先いい……かも。

「大佐!」
「ん?」
「自分、上級大尉のジェイド・グラッスです!」
「あぁ……」

 今朝の迷子だ。

「自分、得物がスナイパーライフルなんです! 最初ライフルとったとき、ライフルかと思ったのですが」
「うん。得物は狙撃銃だよ」
「そうなんですか! それであのサブマシンガンの命中率!? 大佐、すごい! かっこいいです!」

 え、何この子。すごく可愛い。

「自分もあんな風になれますかねー」
「なれるよ。あれはみんな出来ることだから、みんなの前では言わないでね」
「そ、そうなんですか!」
「そうだよ。みんな出来ることを自慢するなんて恥ずかしいだろ?」
「そうですね……みんなできるんですか……」

 グラッスくんは大真面目な顔で頷く。あれだ、小さい頃に近所にいたしっぽを振りながらついてくる犬。あの子みたいだ。元気かなぁ。
 そのまま執務室に向かうと、数名が顔を上げた。

「お疲れ様っす」
「みんな揃ってるね。紹介しよう、上級大尉のジェイド・グラッスくん」
「よろしくお願いします!」
「はい、じゃあ右から順番に説明していくよ。ライフル組。レイス中佐、マクレガー少佐、サトクリフ少佐」

 ヴィンセント達が立ち上がる。グラッスくんもぺこぺこ頭を下げている。

「狙撃銃コルッカ少佐、ツヴァイク少佐。主にこの二人が君の指導を担当する」

 シモンが少しだけ目を伏せる。ツヴァイクくんも似たようなものだ。

「散弾銃ワーゲルン少佐、ナイトレイ少佐」
「よろしく」
「重機関銃ブリューゲル中佐、リースマン少佐、ヨードル少佐」
「……よろしく」

 あぁ、グラッスくんがブリューゲルさんの視線に怯えてる。

「軽機関銃ケクラン少佐、レヤード少佐。機関銃ドーソン少佐、ベクレル少佐」
「よろしくな」
「そして私、アリス・ウィルソン。よろしくね。はい、じゃあシモンとツヴァイクくん、あとはよろしく」

 帽子や上着を脱いでネクタイを緩める。帽子でぺたんこになった髪にぐしゃぐしゃと手櫛を通す。
 昼ご飯を食べに帰ろう。
 執務室を出ると、雲一つない空が大きく広がっていた。

「がんばるぞ……」

 そうだ。私が入隊した時も、こんな綺麗な秋の空だった。