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ロードゲーム
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豪勢な部屋に僕たちは立ち尽くしていた。いや、それは玲だけだ。僕の足は勝手に歩き出し、部屋の中央で止まった。そうして、ピコン、という音がして僕の上に吹きだしが現れる。
『メア、どこにいるの?』
メア。このゲームの主人公だ。日本名、『ナイト~メア・カルパと聖なる姫君~』。つまり2Pの僕は聖なる姫君の方ってわけだ。服装はさっきのままなのだけど。
玲もすぐに気付いたのだろう。にやにや笑いながらもこちらへ近付いてくる。玲が目の前に立つと、玲の上にも吹きだしが現れた。
『ここに』
『もうすぐ婚礼パーティーなのに、ティアラがないの。探してくれない?』
「テーブルの上にあるじゃない、ねぇ?」
確かに。
玲がテーブルに近付くとチュートリアルが書かれたホワイトボードが現れた。
探索で見つけたアイテムはアイテムボックスに入ります。アイテムボックスは左のポケットから取り出せます。
そんな四次元ポケットを持っているつもりはなかったが、確かに服の左ポケットから玲が持っていたティアラが出てきた。
「玲、これだ」
「うん」
『あら、ありがとう。次はネックレスよ。ネックレスは見えてるんだけど……』
お姫様が不安げに見る先には、高い位置にある収納スペースからネックレスがぶら下がっている。あれだ。しかし自慢じゃないが僕の垂直跳びは30センチだ。届きそうにない。すると、またチュートリアルが現れる。
ジャンプはできません。道具を使う、またはよじ登るなどして高いところにあるアイテムを取りましょう。ここではカーテンを下げる棒を使いましょう。
「カーテンを下げる棒?」
「カーテンの横かな……あった」
玲が拾った棒でネックレスをうまく引っ掛けてアイテムをゲットした。アイテムゲットの文字が宙に浮かび、ネックレスがまた僕の左ポケットから現れる。
『ありがとう、さすがメアね』
「次は何? 烈姫」
「やめてよ」
『いいえ、お姫様。時間は大丈夫ですか?』
『まあ! もうこんな時間!!』
「わざとらしい」
玲が吐き捨てるように言うので肩を竦める。
『パーティ会場へ向かわなくては。メア、近道を通ってくれませんか?』
ここでまたチュートリアルが現れる。
画面右上の地図は時間がかかる正規ルートが示されています。時間制限がある場合、地図の下に制限時間が表示されます。時間がない場合は探索して近道を探すことも重要です。近道は必ずしもあるわけではありません。
「正規ルートを通って時間が足りるか判断が早い方がいいね」
「うん。探索に時間がかかったらゲームオーバーってわけだ」
これはハードモードだ。近道を見つけなければ確実にゲームオーバーだろう。
ゲームオーバーになれば死ぬ。あの言葉がよくわからない。コンティニューが出来ないという意味なのか、それとも実際に死ぬのか。実際ゲームの中に入ったような状況なのだ。実際に死ぬと言われてもさして驚けない気がする。
「今回は近道があるってことだね」
「パーティ会場ってどこだろうね」
「どうせ窓から下りるんじゃない?」
「……」
そうかもしれない。普段なら足が折れるけれど……。
窓に近寄っても、窓が開かない。
「とりあえず、部屋から出てみよう」
「そうだね」
お姫様の部屋から出ると、らせん状の大きな階段があった。お姫様の部屋の目の前に階段っていうのもおかしな設計だけど。
「あ、この手すりだ」
玲の言うとおり、太い手すりに近づいて滑り降りる。
右上の地図上に近道発見! と文字が出た。
玲と手を繋いだまま1階に着地する。地図ではエントランス隣の大広間が目的地のようだ。しかし、今回に限っては時間制限がない。
「時間制限ないみたいだし、ちょっと探索しようよ」
「そうだね。玲も騎士なのに武器持ってないし、素手装備じゃ火力ないでしょ」
「うん。武器屋があるとは思えないけどね」
火力――攻撃力のことだ――を求めてあたりを見渡すと、不自然な位置に青銅の甲冑が一体ある。玲は迷いなく近付き剣を手に入れた。甲冑は本当に飾りらしい。先程はらせん階段の影になっていて気付かなかったが、甲冑の反対側には賢者像があった。
「烈のお姫様は魔法使いかぁー」
「白かな、黒かな」
「できれば白がいいけど……」
玲が賢者の手にある杖に触れるとアイテムボックスに杖が入った。賢者の帽子もアイテムだった。
チュートリアルは特になかったけれど、装備して大広間へ向かう。ステータス画面を見てみると、僕のお姫様は風の刃という攻撃用の魔法と小回復魔法が使えるようだった。黒魔法、攻撃魔法と白魔法、癒しの魔法が両方使えるのか。
ついでにステータスを見ると、3つのゲージがある。一つはHP。ヘルスポイントやヒットポイントなんて呼ばれる生命力だ。おそらくこれが二人とも0になったらゲームオーバー。HPの下には、一回り小さな2つのゲージ。
「HPの下のバー、何だろう。アクティブタアイムかな?」
「そうかも。それと、奥義とか必殺技とかのゲージ」
「あー、そうかも。ステータスの中の魔法力っていうのが、いわゆるMPかな」
「うーん……。スキル一覧見ても、どのくらい魔法力を使うのか書いてないね」
魔法に関しては未知数だ。
玲が「まぁいいか」とステータス画面を閉じて装備画面に戻る。確かに、これからのチュートリアルで出るだろうから、「まぁいいか」で大丈夫だろう。
「アクセサリ……1枠あるね。玲、このティアラにする」
「防御がプラス1みたいだね。ネックレスは――……MPプラス2か。ちょうどいいね」
「それじゃ、行こうか」
「うん」
玲が大広間へと向かうのについていく。玲が大きなドアを押し開けると、人々が拍手で杖と魔導帽を装備したチグハグなお姫様を出迎えた。
『姫様、皆様がお待ちかねですぞ! ささ、こちらへ』
ひげを蓄えた小太りの、いかにも大臣という感じのキャラが僕を先導すると、僕の足は勝手に動いて王子様が待つ舞台の上へと上がった。
『綺麗だ、僕の姫』
王子様が僕の手を取ると、パーティの客と玲が歓声をあげた。玲は笑っているだけだけど。
と、次の瞬間、高い天井のガラスが砕け散り、どすっと鈍い音がした。黒い鎧の騎士が、王子様に剣を突き立てている。それをずるりと抜いて、黒騎士は僕に向かって剣を振り上げた。嫌にリアルな血のエフェクトが舞う。
「烈!!」
『姫様!』
反応は玲の方が一瞬早かったが、決められた通りにメアが走ってきて、振り下ろされた剣を受け止める。……さっきの剣を装備してなければ、どうやって受け止めていたのだろうか。
『姫様、お逃げください!』
『あ、足が震えて……』
メアと姫が言い合いつつバトルに入った。と、お姫様も杖を構える。
さっきまで足が震えてたっていう設定なのになぁ。
「……いくよ、玲」
「うん!」
ふと我に返ると、また黒騎士が僕に切りかかろうとしている。
玲がまたガードしてくれたが、わずかに圧されている。おかしい。初めてのバトルなのにチュートリアルが現れないなんて。
「玲、チュートリアルが出ない! おかしいよ!」
「おかしくっても、負けイベントでも、勝つ!!!!」
負けイベント――……負けてもゲームオーバーにはならないシナリオ上のイベントなのだろうか。負けた後、「戦い方を教えてやる」なんていうキャラクターが現れてチュートリアルになるとか? でも、メアは一応騎士キャラなのに。
玲が何度も黒騎士に切りかかる。自由に動けるところを見ると、交替で攻撃などのアクションを起こすターン制のバトルや、攻撃準備ゲージが溜まったらアクションを起こすアクティブタイム制バトルではないらしい。
玲を眺めながら考えていると、先ほど地図が現れていた視界の右上にActive!! と文字が現れた。僕も何か行動しなければ。はたと気付いて、杖を棍棒代わりにする。黒騎士を殴ると、ゴッと金属の鎧らしからぬ重厚な音がした。ゲームのはずなのに、杖を握りしめた手がわずかにしびれている。
「えっ、烈の方が物攻高くない!?」
「玲、連続攻撃やめて、ちょっと待ってみて。これ攻撃力ゲージがたまるやつじゃない?」
「あー! ゲージに比例して火力高くなるやつ!」
物攻は物理攻撃力のことだ。確かに、騎士より姫が強いなんて滅多にない。たまにあるから断言はできないけど。
玲の言葉に「たぶんね」なんて軽口をたたく暇はない。
おそらく、ターン制でもアクティブタイム制でもなく、玲が言ったように攻撃力ゲージが時間とともに溜まっていき、攻撃力に比例するタイプのバトルだ。時間を置かずに攻撃をすると攻撃力が弱いが、攻撃力を最大にしようと待っているとその間に攻撃されてしまうかもしれない。駆け引きが重要だ。
「よし、アクティブ!」
玲が剣を振りぬくと、クリティカルヒットになったこともあってそれまでの数百倍の攻撃ダメージを与えた。黒騎士の鎧にわずかに傷が付き、黒騎士がひざをつく。
「何だと?」
その声は、あの不愉快な声――≪Master≫が、静かに動揺した声だった。
また、ぐらぐらと視界が揺れる。やばい。今度こそ倒れてくる玲を受け止めきれたかな。自信ないや。
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「ちょっと! 二人とも、ゲームしながら寝るってどういうこと? ゲーム禁止にするわよ!?」
なんだか母さんの声を久しぶりに聞いた気がした。電気が煌々と眩しく、ぐっと伸びをする。少し手がしびれるような感覚があった。
「んー……」
「玲」
「ん……? あれ、烈……?」
「もう! ママにお帰りは!?」
コントローラーを取り上げられて、口々におかえりと言うと、母さんはふんっと言った。
玲がぼーっとしている。なんだか嫌な予感がした。玲はいつも元気だ。ぼんやりしているときなんて、とてもとても嫌なことがあったときくらいで。
「……騎士の剣を受け止めたとき、すごく痛かった……、それもまだ残ってる」
それ「も」。
もしかしたら、騎士を斬る感触も?
本当に、気味の悪い体験だった。
「……っ、ママ! 今日は玲がパスタ作る予定だったんだ! ごめんね!!」
捨てよう。忘れよう。僕たちは無言で頷きあった。