白雪兼久十郎
俺を拾ったのは、十郎だった。口減らしで売られた時に逃げた先で十郎に会った。口減らしか、俺と同じだな、なんて言うので、ひどく安心したのを覚えている。
その十郎が嫌っているので、白雪にはあまり近付くつもりはなかった。
育ちがいいとでもいうのか、白雪のお武家言葉もさらさらの髪も、里では珍しいものだった。特別美人ではないが、その育ちの良さで一目置かれているような奴。だからか、白雪が女には許されないかたき討ちをしようとして、失敗して逃げてきたのは皆が知っていた。
「……禍根残さず焼き討ち……」
里長の言葉を繰り返す白雪がやる気なさそうに見えたわけを、俺は自分の腕が不安なのだろうと理解して補佐を申し出た。
けれど違った。
二手に分かれ、東條の元へ行ってみると先に到着していたのは白雪だった。お館様、できませぬ。そう言って白雪は首を振った。東條は泣き笑いしながら親不孝者と優しく諭す。
任務ができぬならば、いっそ。クナイを握り直して戸口に立つと、東條は刀が刺さっているようには見えぬような鋭さで俺を見た。そうして、クナイを握る白雪の手を掴み、首元へと誘導する。
東條が倒れた後、白雪はクナイを放り出しその遺体に縋って泣いた。白雪がそのように感情を見せるのは珍しく、俺はしばらく廊下に出て、白雪が泣き止むのを待った。
「白雪!」
呼びかけると、ぴくりと反応があった。もう一度呼びかけて腕を掴んで立ち上がらせると、白雪は己の足でしっかりと立った。しっかりと立ち、俺に見えないように涙をごしごしと拭う白雪は、正直意外だった。
こいつは、いいはやてになる。
白雪に修行をつけるはやて様がそう言っていた意味を、この時なんとなく理解した気がする。
「血だらけじゃねぇか」
俺は見ていなかった、そういう意味を込めて言うと、白雪は薄く笑った。
「そっちも」
「返り血だよ。そいつで最後だ。火を放つぞ」
白雪は、俺にしろとでもいうように廊下まで下がった。東條はすっきりした顔をしている。俺が行燈を倒すのを、白雪がどのような顔で見ていたのか、俺は知らない。
この日、俺は今までとは別の意味で、白雪に一目置くようになった。
*
「兼久」
「十郎、任務は」
「今報告してきたとこだ」
十郎は、腹を庇うように手を当て、少し腰を曲げている。
「怪我したのか」
「まぁな。……そっちはどうだった?」
「……とどめは白雪が。あいつ、思ってたよりすごいよ。俺は初めて赤矢尻もらったとき、結局十郎が手伝ってくれたしな」
「あの時の兼久、情けなかったな」
「もう忘れてくれよ。まぁとにかく、白雪も腹刺されてたけど、さすったり庇って立ったりしてなかったってこと」
腹をさすっていた十郎の手が止まる。
そうしてニヤリと笑った。
「惚れちゃった?」
「ばか」
そりゃそっちだろう。いつもいつも白雪って。
言わないけど。
近付いてくる足音がして、ふっと黙る。軽い足音。白雪だ。
「兼久ぁ……と、十郎」
「腹の傷はどうだ?」
「少し痛むが問題ない。此度の任務の礼に、団子でもおごってやろうかと思ってな。十郎も行くか?」
「俺はいい。それよりお前、足音立てないように歩けよ」
十郎が言い捨てて背を向けると、白雪は少しムッとした顔をした。
その様子は歳相応。
でもたぶん、俺は今後一生白雪が歳相応に泣くところは見ないだろうな、とあの時なんとなく予感した。