最近眼鏡をかけはじめた人
定本が眼鏡をかけ始めた。かっこいい。
そう報告すると、ゆうちゃんはクスリと大人っぽく笑った。
カフェで、先程買った雑誌を広げながらカフェオレをすする。
「ゆうちゃんはどうなの? カレシとか」
「……いないよ。5対5でよく遊ぶけど、みんな恋人いないし……」
ゆうちゃんはきっとその中に好きな人がいるんだなぁと思った。
小学生の頃からゆうちゃんが好きな人のことを考える時のクセがある。私を見ているふりして私の後ろをぼんやりと眺めるクセと、その人の名前をいうときに目を伏せながら赤くなった左耳に髪をかけるクセ。厳密にいうと、ぼんやりしている時は脈がないときで、耳に髪をかける時はけっこう仲良くできているとき。
どっちも、だった。きっと、まざまざと好きな人が別の子を好きな様子を見せつけられているんだろう。
話題、変えなきゃ。
「ふーん。あっ、占い見せて!」
「しずかって占い好きだよね……」
ゆうちゃんが雑誌の後ろの方に載っている占いのページを開いてこっちに押しやった。
「ゆうちゃんってしし座だっけ? ラッキーパーソンは、最近眼鏡をかけはじめた人だって!」
「じゃあ、しずかの彼氏に会わないと」
「そうだね。呼ぼうか」
「呼んで来るの?」
「定本っていっつも暇してるし、すぐ来るんじゃない? ――あ、定本? 今ね、ゆうちゃんと『きらら』にいるんだけど来ない!? うん、待ってるねー。来るってさ」
「……本当は今日デートの予定だったとか、そういうことはないよね?」
「ないない! 定本ね、今週は買い物行きたいって言ってた」
「ちょっと、それあんたを買い物に誘ってたんじゃないの!?」
「そうなのかな?」
「大丈夫なの? あんた達……」
ゆうちゃんが何とも言えない顔でコーヒーを飲んでいる。
「……三浦」
「あっ、定本、こちら武井ユウちゃん、ゆうちゃん、これが彼氏の定本だよ!」
「どうも」
「お噂はかねがね」
定本が私の隣に座ると、ゆうちゃんはさっと雑誌を引っ込めた。
「しかしながら、しずかに彼氏ねぇ」
「いやー、三浦にこんな知的な友達がいたとは」
「なんかどっちも私をけなしてない!?」
「何頼みます?」
定本は、ゆうちゃんがメニューを差し出そうとするのを手で制してメロンソーダを頼んだ。
なんか、いつもより緊張してるなぁ。定本の手をテーブルの下で握ると、そっと握り返された。
「えっと、ゆうちゃんだっけ? 確か、イチコーだっけ。俺の友達、誰もイチコーなんていけなくて」
「そんな、普通科だしすごくないんだけどね。定本くんはしずかのどこが好きなの?」
「わわっ、直球だよゆうちゃん!」
「うーん、そうだな……。理不尽だし、わがままだし、デートに誘っても気付かないし……」
あっ、やっぱりデートに誘われてたんだ。
ゆうちゃんがチラッとこっちを見て一瞬目を細めた。ほらねって顔だ。
「それも全部ひっくるめて可愛いとこかな」
「あら、ごちそうさま。聞いといてなんだけど、聞かなきゃよかったわ」
「あのね、今月のゆうちゃんのラッキーパーソン、最近眼鏡をかけはじめた人でね、定本が最近かけはじめたんだよって話をしてね」
「日曜も占い見てんのか?」
「雑誌のもね、なかなか当たるんだから」
メロンソーダがきて、テーブルの下で繋いでいた手をはなす。
ちょうど、ゆうちゃんのケータイがピロロンと鳴った。ゆうちゃんがすぐに確認して、窓の外を見る。
「あ」
「あっ、徳田だ」
「あら、知り合い?」
「サッカーのジュニアチームで一緒で。ゆうちゃんも知り合い?」
「クラスメイトで……」
ゆうちゃんが、真っ赤な左耳に髪をかける。
あ。この人だ。
「さっき言ってた仲良いクラスメイト?」
「そんなとこ」
「サダ、久しぶりだな!」
「徳田も」
「武井、なんでサダと?」
「友達の彼氏で……、えっと……」
「友達……あっ、す、すいません、俺、サダで彼女さん隠れてて見えてなかった。邪魔しちゃったな」
「ううん。えーっと、徳田くんも座って座って。ゆうちゃんの横空いてるし」
「いいのかな? 悪いな、武井」
「いいって」
ゆうちゃんが真っ赤な耳を隠すように髪をおろして、またかける。
徳田くんは、真面目な優等生という感じではない。小学校の頃先生に恋していたようなゆうちゃんの好みのタイプとはちょっと違う感じがした。
徳田くんは私のネイルを見て、ちらっと胸を見て、それからゆうちゃんの胸をちらっと見て、目を閉じて頷いた。初対面で胸の大きさ確認する!? クズだ。女の子は胸見てるとかわかるんだからねー!
真面目なゆうちゃんがちょいワル……というかクズに今までになかったものを感じてときめいてしまったのかな。大丈夫なのだろうか。
「どうした? しずか」
「んー……。徳田くんはさ、ゆうちゃんのクラスメイトなんでしょ? 高校でのゆうちゃんってどんな感じ?」
「えっ、武井? 頭いいし、頼りになるかな……」
「だよね、私小学校のときずっと同じクラスだったんだけど、ゆうちゃんってすごくかわいくてきれいだし、人気で」
「しずか、恥ずかしいって」
面白い友達だな、なんて徳田くんがゆうちゃんに話しかけると、ゆうちゃんが少しぎこちなく笑う。
なんだか、見てて辛い。
ゆうちゃんのケータイがシャランと鳴った。ゆうちゃんはそれを見ずにひっくり返した。
「あ」
定本が、ちらりとこっちを見る。ケータイをいじったかと思えば、すぐに私のケータイが鳴った。
――二人っきりにした方がいいのかな?
なんて気が利く男なのだろう、定本。私が頷くと、定本がしれっと伝票を持って立ちあがった。ゆうちゃんが一瞬戸惑いの表情で私を呼びとめようとするのを小声で制する。
「ごめん、ゆうちゃん。定本、デートに気付かなかったことちょっぴり怒ってるっぽいの。今日はバイバイ! あっ、でもせっかくだからケーキは食べていってね」
「ちょっと、しずか」
「ごめんごめん! 今度埋め合わせするから!」
さっと店を出る途中、徳田くんが「にぎやかな友達だなぁ」なんて言っている声が聞こえた。こっちはニブすぎ!
「良かったのか?」
「うーん、確かに徳田くん、あんまかっこいいって感じじゃないし……」
「おい。俺の友達なんだけど」
ゆうちゃんが好きなら、それでいいとは思うけど。
「大丈夫かな、あの二人」
窓越しに見るゆうちゃんは、今まで見たことのない恋をしている顔をしていた。