Mymed:origin

ハッピーエンドセール

 録画していた映画はラブコメで、恋愛がうまく続かない主人公にふと友人が重なった。

「それにしてもあいつはいつまでたってもダメだな」
「あいつ?」
「宇治川。私が入ってるフットサルサークルの子が、宇治川のこと好きって言ったろ?」
「あの飲みサーの」

 淳が私達の間にあるカナッペを、なんだこれはという目をしながら眺めている。クリームチーズだよと思ったが、代わりに「飲みサーじゃないけど」と言った。
 大学卒業後順当に就職したはいいが、たまには運動がしたいので社会人のフットサルサークルに入った。淳は球技全般がそんなに得意じゃないから共通の友人である宇治川を連れて行っている。宇治川は高校卒業後から私が引っ張り出すまで引きこもりこそしなかったが、私達が大学生活を謳歌している間はずっとニートだった。一度出くわした宇治川の父親は厳しそうな人で、4年もニートでいることを許しているのは意外に思ったものだ。
 そしてその宇治川は、サークルで「仕事は何をしているの?」という質問に耐えかねて辞めようとしていたが、なんとか就職した。残業はそれほどでもないが休みがギリギリブラックではない程度にしかない会社だ。
 そんな、共通の友人を立て直したサークルを淳は飲みサーという。まぁ確かに、月に一度の練習の後には必ず飲み会があるけど。
 それに、今日も本当は飲み会なのだが、淳とはサークルに関して一つ約束をしている。それは『翌日に淳とデートできない時は飲み会に参加しない』というものだ。明日仕事になってしまったので、こうして飲み会を断って淳と過ごしているからいいではないかと思う。

「とにかく、やっと外に出て仕事始めたと思ったら、下手に顔がいいから女をとっかえひっかえ」

 宇治川の近況を伝えると、淳はテレビを観ながら飲んでいた酒のグラスを置いてこっちを見た。びっくりした顔だ。

「おぉ、意外な路線だね」
「サークル内じゃないからいいけどさ」

 宇治川は、それまでのニート生活を取り戻すかのように生き生きと活動している。
 サークルで仲良くなった友人のマリエは、そこに惹かれているようだったが、次々と彼女ができる宇治川を前に沈黙を守っている。
 馬鹿だな、と思う。でも可愛いな、とも思う。
 淳は、真面目にテレビの画面を観ている。
 私は前世からこの淳に惹かれていて、そしてこの世でも生まれた時からずっと一緒で、そのまま当たり前のように一緒にいる。
 でも他の男をかっこいいとか思わないわけじゃない。他の男を知らないというのも、なんだか味気ない気もしている。しかし男を知るというと怪しい意味になってしまうな、私はそういう意味では淳をまだ知らない。
 進んでいるようで何も進んでいない。
 だから、その時々で本気で恋をする宇治川のことは、呆れはするが見捨てられないのだ。
 でも。

「とにかく、あんな奴にマリエはダメだ」
「それにしても宇治川がねぇ」

 先日の飲み会では最新の彼女とは結婚もできそうなんてことまで言っていて、マリエは笑顔のまま固まっていた。
 最近入ってきた、篠崎くんの方がかっこいいと思うんだけどな。そう言うと、マリエはふわりと笑って、そうしようかな、と言った。以来、マリエは篠崎くんを観察しているけれどたぶんダメだな。
 自分の意志で好きとか好きではないとかコントロールできるようなら、私達の前世は、あんなことにはならなかった。

「……あ、このおつまみおいしい」
「本当かい? よかった」

 ふと発された声に顔を上げると、淳はにこっと笑った。好きだ。めったに手も繋がない恋人。でも彼もそうならば嬉しい。

「宇治川も淳みたいに落ち着いてくれたら安心して一緒になれるんだが」
「どういうこと?」
「私達が、あいつを置いて結婚してしまったらあいつが一人ぼっちになるだろう」
「うん、早く結婚し――」

 淳が言いかけたときに、ドアのチャイムが鳴り響く。なんとなく宇治川だな、と思ったらビンゴだった。今日はサークルの飲み会だから。

「西条、泊めて~。どうせ淳もいるんだろ?」
「いるけど、それがどういう意味か考えてよ。もう、酒臭い」
「床だけ貸して」
「ソファー行って」
「宇治川……お前僕に何か恨みでもあるの? なんで僕達付き合って長いのに毎度毎度同衾がただの添い寝になるの?」
「どうきんって何」
「淳? 何言ってるの?」

 淳もそんなことを考えるのかと思うと、ドキッとした。何で今更。飲み会を断って淳と会う日にはほとんど毎回宇治川が泊まりに来るのに。ちなみに飲み会を断らなかった日は、宇治川と二人で淳の家に行く。
 ソファーに寝転がった宇治川にブランケットを投げつけて、淳をリビングに押しやる。

「淳、宇治川は放っておいて続き観ようよ」
「あ、うん」

 恋愛下手な主人公は、結局彼を見守っていた女の子に落ち着いた。
 同衾がただの添い寝に。
 淳も、そんなことを、考えていたのか。淳のために置いたパジャマのボタンを律儀に一番上まで留めているのを見て、ふうっとため息が漏れた。

 頭が痛い。上司に休む旨を伝えてベッドに倒れ込むと、淳が私を抱き寄せた。寝ぼけているのかな。
 宇治川はとっくに帰っている。
 今日、淳は休みだったかな。何をして過ごそう。
 背を向けて大人しく抱きしめられている。これは、午前中だらだらずっと寝るパターンだろうか。宇治川が来た時間が既に遅かったのに、映画が終わったのがそれから1時間後くらいだったし、それからもなんだかんだと起きていたから。

「結婚しようね」
「……ん」

 淳の腕の中でごろりと回転して向き直ると腕の位置を調節して私に腕枕をしてもう片方の腕が背中に触れる。淳の鎖骨に唇が触れると、淳は私の首筋に顔をうずめるようにした。
 あぁ、淳は男だ。それで、私は女だ。
 前世の、報われなかった恋を想う。
 今の世なら、世間の見方は少し変わって、僕達は幸せになれたのだろうか。
 死が二人を別つまで。
 目を閉じると、ハッピーエンドは意外と近いような気がした。

「仕事休んだけどどうする? もうちょっと寝てていいかな」
「うん。起きたら……まずは宇治川を捕まえよう」
「デートなのに二人じゃないの!?」

 近い、よね?