Mymed:origin

帝国歴311年10月上旬

「大佐、昨日の歓迎会お疲れ様っす」
「おはよう、ドーソンくん。幹事お疲れ様。みんなが来れてよかったよね」
「そっすね」
「死屍累々だったけど」
「……そっすね」

 グラッスくんが入隊して1ヵ月経ってしまったが行われた歓迎会は、ツヴァイクくんの一言で戦場と化した。

『そういえば、昇進した方々がいらっしゃる』

 第二の少佐以上で昇進したのは私とヴィンセント、ブリューゲルさん、シモン、マクレガーくん、ヨードルくん、そしてケクランくんの7人だった。
 血も涙もない飲ませ合いの末に一次会で既に死屍累々という結果だった。私は全て受け流していたが、まともに集中砲火をくらった残りの6人とグラッスくんは休むと連絡があった。中佐が二人とも休むとは情けない。

「ドーソンくんは大丈夫?」
「大丈夫っす」
「今日は半数しかいないから訓練が長くできるね!」
「え」
「はい、じゃあ、みんな射撃場に集合。最後に着いた人は腹筋背筋腕立て100回、よーいドン」

 少佐が全員勢いよく執務室を飛び出していく。
 いいスタートだ。あの様子じゃ、ビリはリースマンくんだな。前髪が鬱陶しいので、制帽をロッカーから取り出してゆっくりと射撃場へ向かう。

「ちっくしょおおおおおお」

 射撃場では座りこんで肩で息をしている数名の中でリースマンくんが腹筋をしていた。

「やっぱりねー。リースマンくん、ヘビーマシンガンも体力勝負なんだからね」
「うっす」
「ブリューゲルさんもああ見えてかなり体力あるんだから。じゃあ、それぞれ自分の得物持ってきてー。的を操作するからね。あ、レヤードくんもまだ息整ってないね。腹筋その他しとこうか、50回でいいよ」
「はい」
「ベクレルさん、今日遅刻しなくてよかったね」
「……うっす」

 他愛もない話をしながらそれぞれの的を動かして、人払いのベルを鳴らす。

「1回外したら腹筋背筋腕立て10回1セット」
「大佐、待ってください、無理ですよ! ショットガンですよ?」
「どれも有効射程を設定してるよ。散弾は至近距離が得意ってことは散弾同士の戦いでは長距離の命中率が鍵になるでしょ」
「……大佐、そういうのは見せれば黙るんすよ」

 ドーソンくんがあぐらをかいて肩を竦める。この子は本当に面倒くさがりだな。

「……じゃあ、やって見せるからね。その代わり20回で1セットだよ」

 ワーゲルンくんのショットガンを受け取って撃つと、的に無数のペイントがついた。

「もう文句はないね? 用意、撃て。……はい、全員残念。次、用意、撃て。……お、惜しかったね、マクレガーくん。次、用意、撃て。……リースマンくんとドーソンくん以外残念。はいじゃあリースマンくんとドーソンくんは2セット、残りは3セット」

 みんなが基礎トレをしている間に、スナイパーで的を撃ち抜く――実際は、ペイントがつくだけだけど。次いでサブマシンガン、アサルトライフル。

「みんなが訓練してくれるといろんな銃器を触れるから楽しいね」

 ヘビーマシンガン、ライトマシンガン。やっぱり感触が全然違っていいなぁ。
 でもやっぱりスナイパーが好きだな。M888を持ってきて、ツヴァイクくんの的よりも少し遠くに置いて撃つ。的に北斗七星を作りながらみんなを待つ。

「みんなできた? じゃあ、次ね。ツヴァイクくんは脇を締めて、ワーゲルンくんは利き足真っすぐ的に向けて。レヤードくんも体が曲がってる。はい、用意、撃て。ベクレルさん、背筋を伸ばして。用意、撃て。……ナイトレイさん、顎引いて。用意、撃て。……はい、みんな1セット」

 次はオリオン座でも作るか。いや、みんなにお茶を買ってこよう。
 その辺にいたどこかの隊員に手伝ってもらって、お茶を運ぶことにした。

「悪いねぇ、突然」
「はぁ……、別に大丈夫ですけど……」
「所属と階級は?」
「第六のニコル・アーレント少尉です」
「私は第二のアリス・ウィルソン。私の方が先輩みたいだし、何か男連中に言いづらいことがあったら第二の執務室においで」
「はい、ありがとうございます」
「ここまででいいよ。ありがとう、ニコル」
「あ、はい……また……アリス先輩」
「アリスでいいよ。またね」

 お茶を1つニコルに渡して、残りのお茶を持って射撃場に入る。

「みんな終わったー?」
「はい」
「お茶買ってきたよ、みんな休憩」

 わらわらと少佐達が寄ってくる。生き返るー、とか言いながらゴクゴク喉をうるおしている。なんとなく……本当に若者ばかりの隊になってしまったな、と切なくなった。
 ドーソンくんが隣にすとんと座る。

「大佐、俺、もうちょっと指導してほしいんすけど」
「え? ドーソンくんが? 珍しいね」
「……僕も」
「大佐、俺も!」
「よし、じゃあ休憩終わり! みんな、後半戦しようか。今度は一人一人注意するからね。じゃあ、リースマンくんから。次の人は5セット終わるのが早かった人」
「お願いします!」
「構えてみて」

 次々に並ぶ少佐達を指導していく。
 ガッツ溢れる若者って素晴らしいなぁ。

「……そろそろ、みんな命中率が7割くらいかな? そろそろランチタイムだし、今日の訓練は終了。みんな、汗をちゃんと流してお昼に行くこと! 今は暑くても汗が冷えたら風邪ひいちゃうからね」
「大佐、今日の飯は決まってるんすか?」
「ううん。一緒に食べる?」
「うっす」

 ドーソンくんは、私が少佐になって初めて隊の後輩兼部下になった子だ。初めての部下がシモンで一番信頼しているとしたら、初めての後輩のドーソンくんと大佐になって初めての部下であるグラッスくんはどうしても可愛がってしまう。
 着替えを持ってシャワールームへ行くと、ちょうど出てきたドーソンくんが呆れたような間の抜けた顔をする。

「なんで大佐がシャワールームにいるんすか」
「シャワー浴びるからだよ」

 ボタンをぷつぷつ外してドアに引っ掛ける。着替えはビニールに入れて準備している。

「大佐、女性用のシャワールーム作るべきじゃないっすかね。いくら第二の連中しか使わないからって」
「軍に金がないんだよ。作っていいならポケットマネーでも何でも出すけどさ」
「どうするんすか、安全ってわけでもないのに」
「誰かが開けた瞬間に撃つかな。間違えて開けた人は運が悪かったってことだね」
「大佐に限っては安全っすね」
「そうでもないと思うけど……私が撃つより早く手を捻りあげられたら、舌噛んで死ぬ」
「陸将から報復されそうっすね」
「そうかな。ベイル大佐とかは女が出しゃばるからだって言うんじゃない?」

 さっぱりした。服を着てドアを開けると、目の前にドーソンくんの背中が見える。

「護衛かい? たくましいね」
「間違えた人が死んだら可哀想じゃないっすか」

 ドーソンくんは背が高い方だけど、ここまで背中が広いのか。手を伸ばしかけて、我に返る。
 今、何しようとしたんだ私。

「さ、どいたどいた。執務室にいったん帰ろ」
「大佐、ほんとに危ないっすからね」
「君が守ってくれるんだろ」
「そっすね」

 シャワールームを出て、執務室に向かう。お財布を持って、ふと考える。ドーソンくんは確かエヴァのことが好きだったな。家に帰った方がいいだろうか。

「ドーソンくん、何食べたい?」
「俺っすか? 食堂でいいっすけど」
「そう? それじゃあ食堂行こうか」

 陸軍の食堂は陸軍の各執務室・射撃場のド真ん中にあり、座るのが最も困難であると有名である。大体、陸軍の人間は何も考えず剣を振り回したり銃を撃ったりするだけでいいから血の気が多い脳筋が多い。
 こんな風に。

「アリス・ウィルソンじゃないか!」
「おや、女に負けたベイル大佐じゃないですか」
「何!?」
「事実ですよ」

 皮肉ですけど。

「それもそうだな」

 ほらな。
 ベイル大佐は断りもなく私の隣に座る。

「君はA定食か。一口くれ」
「じゃあその肉のかたまりもらいますね」
「物々交換だな! いいだろう!」

 じゃがいものかけらとステーキ半枚でどうして物々交換が成り立つのか、本当に不思議な人である。ステーキを半分ドーソンくんの皿に載せる。

「彼は?」
「部下のダリウス・ドーソン少佐」
「そうか、恋人なのか?」

 ドーソンくんがお茶を吹きだしている。肩にかけていたタオルを渡すと、すいませんと言ってテーブルを拭き始めた。

「私のプライベートは大佐には関係ありませんよね」
「そうだな! ちょっと気になっただけだ!」
「うるさいです」
「お! バトラー!」

 何故バトラー大佐を呼びとめる。
 バトラー第三部隊大佐は、確かベイル大佐と幼馴染の士官学校の先輩だ。そもそも一兵士から大佐にまでなったベイル大佐がおかしいのだが、この年代は妙に強い人が揃っている。シモンやブリューゲルさんも同い年だ。
 もう10月とはいえけっこう暑いのに、ロングコートをきっちり着て暑くないのだろうか。

「こんにちは、バトラー大佐」
「こんにちは、ウィルソン大佐。なんだ、女だ卑怯だと馬鹿にしていたウィルソン大佐に負けたベイルか」
「何だと!?」
「事実だ」
「……まぁ、それもそうか。安心しろ、アリス・ウィルソン。もうお前の実力は認めている」
「はぁ、そうですか」
「それで、何か用? そろそろ戻らないといけないんだけど」
「俺とアリス・ウィルソン、仲良しに見える?」
「ウィルソン大佐が迷惑しているように見える」

 その通りです。

「じゃあ、こいつとアリス・ウィルソンは?」
「面倒見のいい上司とその部下に見える」

 その通りです。

「そうか……。いや、な? 男女が二人で飯とくりゃ、なぁ?」
「それなら、お前が邪魔しているように見える」
「そうか! 俺もう食ったし行くな。じゃあな、アリスとその部下」

 さりげなく呼び捨てにしていきやがった……。息を吐いて続きを食べ始めると、ドーソンくんがちらちらとこちらを見ている。

「何? お肉もうないよ」
「違います。ベイル大佐に勝ったって何すか?」
「あー……」

 ドーソンくんがなんだか責めるような目で見ている気がする。少しだけ居たたまれなくなって口を尖らせてしまう。

「入隊式の余興でベイル大佐と戦って勝った……。正装だったから彼は動きづらそうだったし」
「へぇ、見たかったっす」
「そのうち再戦しようって言ってくると思うよ。次は迷彩服でくるだろうから負けちゃうかも。ごちそうさま」
「ごちそうさまっす」

 ドーソンくんが手際よく食器を重ねてトレーを持ち上げる。

「帰りましょ」
「うん」
「また食べましょね」
「うん。あ、夕食に招待しようか?」
「……そっすね。是非」

 ドーソンくんは姉が好きだから。