帝国歴311年12月上旬
吐く息は白く、ペンを持つ手もかじかむ。大佐席の横にもストーブを置こうかな。
「12月になっちまったなー。寒くて嫌になる」
ヴィンセントが伸びをしながら言う。ストーブの火を弱めにしているからか、みんな厚着している。
「ヴィンセントは寒いの苦手なんだっけ。自腹切って灯油買ってきたら?」
「お前、中佐の給料なめんな。そんな余裕ねぇよ」
「残念ながら大佐もない」
「寒いのが苦手なんですか?」
マクレガーくんが仕事の手を止めずにヴィンセントに話しかけている。そうか、ヴィンセントとマクレガーくんは私とシモンみたいなものか。
「俺は南の方の出身だからなー」
「中佐、また飲みに行きましょうね。温まりますよ」
「お、いいな」
いいなぁ。シモンとそんな会話したことあったかなぁ。
「大佐、報告書です」
シモンから報告書を手渡される。グラッスくんは調子がいいようだ。
「少佐への昇級試験、受けさせてみる?」
「……いえ……、人に指導できるレベルでは」
「そっか。奥さんはどう?」
「以前よりは随分顔色がいいです」
「よかったね。この調子で支えてあげてね」
「はい」
シモンはキビキビした動きで自分の席に戻っていく。
「アリス!」
……さて、私も仕事に戻るか。
「アリス!! 聞いているのか?」
「…………なんですか、ベイル大佐」
「訓練しよう。お前はたぶん力が足りない。接近戦に持ち込まれたら終わりだぞ」
「私はスナイパーなので心配ご無用です」
ベイル大佐は最近ようやく長袖を着るようになった。私が11月の中旬にしていた格好だ。
そうか、そういえば第一の少佐、中佐はほぼ風邪で全滅しているんだったか。
「そこの男連中から好きなの持って行って訓練してください」
「いいのか? お、この前の……」
ドーソンくんにこの前、といえば……。
私とドーソンくんに食堂で会った時か?
あの時確か……。私達を見て……。いや、でも否定したし。
「確か、アリスのこいび「ベイル大佐、私がお相手しますよ」
一発殴りたい。
「やる気になってくれたか!」
「えぇ。大佐を殴れると思ったら俄然やる気が出てきましたよ。私の体術訓練のサンドバッグになってくださるんでしたよね」
「そうだったか」
「そうですよ。さぁ、行きましょうか」
第一の射撃場に入ったところでベイル大佐に殴りかかる。易々と止められて、予想していたこととはいえなんだか悔しい。
ベイル大佐は私の両手を引っ張ってその場に座らせた。大佐も目の前にあぐらをかく。
「動揺してるぞ、どうしたんだ」
「あのねぇ、ドーソンくんは恋人じゃないって言ってるじゃないですか。迷惑かけないでくださいよ!」
「そうなのか? バトラーが彼は彼女が好きみたいって言ってたから」
「そ、それは恋人じゃないし、ドーソンくんが好きなのは……私じゃないです」
「なんだ、アリスの片思いなのか?」
「どこまで馬鹿なんですか! 片思いしてる人はどこにもいないんですよ!!」
「どこにも?」
ベイル大佐が私の両手をぎゅっと握る。そして真剣な視線が私を射抜く。
「ここに一人、お前に片思いをしている奴がいるんだ」
「…………ぁ……」
ぞわわっと鳥肌が立った。
「な、何を言うんですか……心理戦ですか? 冗談は、やめてくださ……」
「冗談じゃない。いつもそうやって逃げてるのか?」
頭の中がぐるぐると回る。熱が。ねぇ、ロゼッタ。どうしたらいいの?
「わ、私、恋人とか、作る気ないので……」
声が震える。手が熱い。だめだ。誰か。助けて。なんでこの人はいつも本気で来るんだろう。
カタン、と入り口の方で音がしてほっとしてそちらを見る。
「……あ、大佐……、俺も訓練……」
「ドーソンくん……」
ふらふらと立ち上がると、ぐっと腕を引かれた。ベイル大佐の膝の上に倒れ込む。痛くはないけど、これは……。
だめだ。もう何が起こっているのかわかんない。
「取り込み中なんだ」
「あ、そっすか。すんません」
「そうっすかじゃない! 君は私を護衛するんだろ! 助けてよ!!」
「だそうっすよ、ベイル大佐。すんません」
ドーソンくんがつかつか歩み寄ってきて、私を引っ張り起こす。ベイル大佐は簡単に腕を放してくれた。そんなに簡単に放してくれると思わなかったのか、ドーソンくんに抱きつく恰好になってしまった。そして情けないことに腰が抜けていて、ずるずるとその場に座りこむ。
ベイル大佐が目の前にしゃがみ込んで指の背で私の頬を撫でた。
「なんだ、やっぱ両想いじゃねぇか」
「?」
「うまくいかねぇよな。ダグラスは死んじまうし、ダグラスに似てると思って好きになったら全然似てねぇし。困らせて悪い」
ダグラス中佐?
あぁ、この人もよりどころを探してただけなのか。アルダナの大戦で失ったものは、とても大きい。
ベイル大佐が手を振って帰っていく。
「ごめんなさい! ま、また訓練しましょうね!」
「おう、よろしくな」
落ち着こうと長く息を吐くと、ドーソンくんがしゃがみ込んで私の手を取る。
「大佐……大丈夫っすか?」
「だめ。私、免疫ないから、だめだ……」
「知ってるっす」
「ドーソンくんが来て、ほっとした。ありがとう。私……あとちょっとで拳銃抜くとこだった」
「なんすかそれ。怖いなぁ」
ドーソンくんが立てますか? と小さく言う。
立てなかったら、このままお話できるのかな。
「ドーソンくん、……怖かった……」
私は女で、力も弱くて。
ぎゅっとドーソンくんの首根っこにしがみつく。ドーソンくんは笑いながら背中を軽く叩いてくれた。そうして、ゆっくりとしがみついた腕をほどかれる。
「大佐、帰りましょ」
「……うん」
ねぇ、どうしてドーソンくんといたらドキドキするのに、安心するの?