Mymed:origin

帝国歴312年2月上旬

「アリス、無事に帰ってきてね」
「うん。すぐ帰ってくるよ」

 姉にハグをして家を出る。昨日は久しぶりに一緒に寝た。行きたくない、とはどうしても言えなかった。行かないで、とも直接は言われなかった。

「今日もジェイドくん来るんでしょう?」
「うん。会議があるの、私だけだから」
「何かあったらジェイドくんに言伝を頼むわ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」

 連日の大佐会議も今日で最後。今日はほとんど全ての軍人がランビナートへ向かう。会議も最終的な確認だけだった。
 執務室に戻る。既にB部隊は出発間際なのか、妙に慌ただしい。

「た、大佐」
「おはよう、アリス。いよいよだな」
「うん、おはよう。グラッスくん、どうした? 顔色が悪いけど……ちゃんと朝ご飯食べたのか?」
「そ、それが」
「アリス、会議はどうだった?」
「もう、二人いっぺんに話しかけないでくれよ。ごめんね、グラッスくん。話は後で聞くから。ヴィンセントも後! ブリューゲル中佐!!」

 みんなそわそわしていて、変だ。その点、ブリューゲルさんのなんと堂々としたことか。

「はい」
「ブリューゲル中佐、私が前線で死んだらあなたが大佐だ。よろしく頼みますよ」
「縁起でもないことを」
「健闘を祈るよ。森の外でも、一応毒の花粉に気を付けて」

 B部隊の面々の肩を叩き、手を振る。彼らが森の周りの敵を引きつけている間に我々A部隊が森に侵攻する。
 冷静、かつ順調に。

「ヴィンセント、第三のシャハト大佐から連絡があったら空軍第二の軍用機で移動。いいね?」
「オーケー」

 私が指揮する小隊総勢100名。既に準備を終えた彼らは不安そうにこちらを見上げた。

「指揮官のアリス・ウィルソン大佐だ。ガスマスクに無線機の受信機を取り付けているので、指示を出したら速やかな行動を頼む。みんな、無事に帰ろう」

 適当に挨拶を済ませ、何度も不備がないか確認をする。

「ウィルソン大佐、どうぞ、出発の準備ができました」
「あ、シャハト大佐……。ありがとう、ございます」
「お互い大佐になって初めての戦争ですね。ベストを尽くしましょう」
「はい」

 シャハト大佐のエスコートで空軍第二の軍用機に乗り込む。連合小隊の半分をグラッスくんに任せ、ランビナートへ向かう。その間、約12時間。アルダナより少し帝都に近い。
 シャハト大佐が席へ案内してくれた。女性にモテそうな人だな、なんて考える。

「大佐、こちらへどうぞ」
「どうも」
「無事を祈ります」
「それじゃ、またいつか」

 小さく手を振るとシャハト大佐はにっこり笑った。12時間。私は……寝ることにした。

「た、大佐! つきますよ!」

 少し遠巻きから中尉が叫ぶ声がしてぐっと伸びをする。窓の外には広大な森が見える。

「おはよう。変わったことはなかったかな?」
「いえ、特に何も」
「そう」
『間もなく森の中心部に着陸します。ガスマスクの装着と降りる準備をお願いします』

 普通、着陸前はシートベルトだと思う。

「みんな、準備はいい? おっ、そこの女の子。髪が乱れてもガスマスク着けような。死ぬぞ」

 みんなを見渡して、私もガスマスクを着ける。ライトマシンガンとサブマシンガンを傍にいる中尉に1つずつ預ける。
 降り立った森は予想以上に鬱蒼としており、森の中心部にいる今、まったく森の外が見えない。森の中心部からの進軍。意外と時間がかかるかもしれない。

「全員しっかりガスマスクの装着をしているな? 本日はここでキャンプだ」
『大佐、揃ってます』
「了解、ベイル大佐、そちらはいかがですか?」
『滞りない』

 さすがと言うべきか、着々とテントが並び立つ。

「全員、テントの中でガスマスクを外したかったらテントに入る前に花粉を落とすこと。でも一応外さないことをお勧めする。女性隊員は一番奥の私のテントに来るといい」
『あー……男女問わず貞操の危機を感じたら即射殺しろ。馬鹿は要らん』

 ベイル大佐のあくびをかみ殺したような声が眠気を誘う。とはいえ、飛行機の中で12時間も寝たのだ。眠くない。
 外は既に日が落ちている。訓練もできないし、ガスマスクを着けたままでは食事もできない。嫌いなんだよな、ガスマスク着用時の流動食……。
 数名の女性隊員が私のテントにやってきた。みんな不安そうな顔をしている。

「大丈夫、今日はゆっくり寝て」

 できるだけ安心してもらえるように、微笑みかける。彼女達はぎくしゃくしながらも頷いた。
 彼女達がよく寝られたのかどうかはわからないけれど、まあ一応は安全だった。

『全軍、起床!』

 その号令は、日が昇るより早かった。

『出発する。なお、テントは空軍が回収するので持っていく必要はない』
「……それぞれの小隊に別れて西の洞窟を目指す。日没までには辿りつくように」
『はい』
「さて、じゃあウィルソン小隊出発します」

 洞窟までは直線距離で約20キロ。日没までだったら余裕なくらいだ。
 西へ、西へ。グラッスくんにコンパスを任せるわけにもいかず、自分で見定めてザクザク進んでいく。どれくらい経った頃だろうか、しばらくして無線機がザザッと音を立てた。

『こちら、レイス中佐。沼を北に迂回中敵発見。交戦する』
「了解、気を付けて」
『……敵はガスマスクを着けていない。森を出るまでは脅威でないと思われる』

 無闇に花を散らさなければ花粉は舞わない。花粉に毒があることを知らなかったのだろうか。
 いや、私は何故知っていたのだっけ。
 あぁ、噂だ。ランカスター大佐が解決したという事件で、ランカスター大佐は致死量一歩手前の花粉を吸いこみ、今も後遺症が残っていると。

「……これより、木に登って西側全方向に花粉を降らせます。探索で木に登っている人は速やかに下りて」
『そんなことできるのか?』
「少なくとも、ここから1キロ程度なら花くらい撃ち抜けます。普通に進んでいてください。私の小隊の人は、申し訳ないけれど休憩していて」

 ライフルをたすき掛けし、近くにいた人達の肩を借りて木に登る。太めの枝にぶら下がって逆上がりの要領で木のてっぺんに登ると、見渡す限りの鬱蒼と生い茂った森。木が揺れているあたりは誰かいるのだろうか。

「撃ちます。グラッスくん、白い花だ。準備はいいね?」
『はい』

 グラッスくんから目を離して……背中を預けていいのだろうか。今は信じるしかないとしても。
 銃を構えて、白い点を撃ち抜く。果たしてきちんと花粉が舞っているかどうか。

『すごいぞ、アリス。花粉が散ってて敵が既に瀕死だ』
「……それじゃあ、そのまま進みます。進軍再開」

 枝から枝へと移動する。意外とできるものだ。少し進んでは花を撃ちながら、着実に進むことにした。
 不意に、ピカッと何かが光を反射した。敵のスコープだ。チカチカたまに光るそれを撃ち落とす。

「グラッスくん、木の上に敵兵あり。反射するスコープは見つけ次第撃ち落とせ」
『はい』

 スナイパーを限定していてよかった。ただ、数が足りない。

『こちらベイル。敵を発見、交戦する』
「了解。日没までに着けます?」
『着けるだろう。負傷者はいないな?』
『今のところは』

 あちこちで敵と交戦している。あちらも大量に兵士を投入しているようだ。

「……グラッスくん、木から下りてさっさと洞窟へ行こうか」
『はい』
『こちらナイトレイ、敵発見につ』
『ナイトレイ、どうした!?』
「ナイトレイさん?」

 どこかで、轟音がした。

『爆発?』
「……ナイトレイさん!」
『自爆されたな。敵も切羽詰まってるってこった』

 この戦争が、死力を尽くした最終決戦となる。
 部下が全員生き残るとは思ってやしなかったけど、けっこうきつい。

『こちらドーソン。洞窟に到着』

 最初の到着はドーソンくんで、すぐにぽつぽつと到着の報告が増えてきた。
 けれど同じくらいポツポツと、断末魔が無線機の奥から響いてくる。遺体を見つけたという報告はない。

「遺体を発見した人はいないの?」
『あー……なんか、裸の遺体なら、何体か見ました』
「………………迷彩服とガスマスクを奪われている可能性がある。怪しい動きをする者がいたら即刻射殺して構わない」
『……見分け方は』
「そうだな、全軍、上官に向かって整列! 今遅れた者は射殺」

 どこかで銃声が響く。

「次、いいね? 全軍、上官に敬礼! 敬礼が違う者と遅れた者は射殺」
『…………アリス』
「何ですか、ベイル大佐」
『俺の部隊、ほとんどすり替わってた』
「援護は?」
『いらない。今から目的地へ向かう』
「こちらももうすぐ着きます」

 洞窟に着いたのは私達が最後だった。半減か。当初の見たてでは森に敵兵は潜んでいないはずだった。かなりの痛手だ。