帝国歴313年10月2
「…………」
ランビナート特有の毒を持つ花の花粉。あれには確かに中毒を起こした際の症状として幻覚がある。私は痛覚麻痺の症状の方がひどくて、そこまで幻覚がひどいとは思わなかったけれど……。彼女はその後ガスマスクをしたことにより更なる花粉の吸引を防ぎ中毒症状が長く続いた、ということだろう。
ヴィンセント・レイス(殉職により、準陸将に二階級昇進)のエヴァンジェリン・ウィルソン殺害が引き金で、ジェイド・グラッス(同じく中佐に二階級昇進)のアルダナ爆撃の復讐による誘導とは……。
どう報告すべきか……。
「静かですけど、無事ですか。ついでに面会の方を通していいですかね」
看守が控え目にノックする。その後ろには、花束を持った彼女の元部下がいた。
「どうぞ」
シモン・コルッカ中佐。黙りこくったまま彼女に花束を持たせる。
「あなたは、第四の」
「……聞いて。あなたは……聞くべき」
テープに録音した、アリス・ウィルソンという一人の女性の大佐着任からランビナート虐殺までの一人語り。心神喪失。その経緯がゆっくりと語られていく。守ろうとしたものの血にまみれた手。どれほどの絶望だったのだろうか。
中佐は黙って聞いたあと、ゆっくりと目を閉じた。少しの間目頭を押さえていたが、やがて彼女の手を取り、ゆっくりと語りかける。
「……大佐、妻が出産しました」
アリスは黙ったまま。その瞳に、少しだけ光が宿る。
「大佐……」
「奥さんを大事にするんだよ。君の奥さんは大丈夫じゃなくても大丈夫と言うタイプだろ?」
「……はい」
中佐は肩を震わせて頷いた。アリスを、上司として尊敬してたのか。
彼女はどこを見ているのかわからないし、まともに物を考えられるのかもわからない。
きっと偶然だ。けれど、彼女はアタシと中佐を見てにっこり笑った。
「しあわせになりたいね」
アリス・ウィルソンが数ヵ月ぶりに笑った1週間後、彼女は処刑されることとなった。