黄色い手鏡
『今日の12位は…残念、さそり座です!頑張っても空回りしちゃうかも…。そんなあなたの今日のラッキーアイテムは黄色の手鏡!それでは、いってらっしゃい!』
「黄色も何も手鏡なんて持ってねぇよ…」
テレビを消して、身だしなみを整える。朝の情報番組が終わって5分ほどしてから家を出ると、ちょうどいいタイミングで彼女が通る。
「おはよう、定本!偶然だね!」
「おはよ」
「聞いて聞いて、今日ね、あたし占い1位だったんだ」
「そりゃよかったな」
興味も何もない占いを見届けて家を出るのは、こいつが毎日結果を報告してくるからだ。見てるから知ってる。三浦は、うお座。結果を報告してくる意味はよくわからない。話したい一心で何でも相槌打ってたら何か勘違いされた節がある。
「はぁ…白馬の王子様が現れたりして!」
「ないない」
つーか現れても会わせない。
毎日毎日、俺が学校に行くのはこいつに会うためだというのに、鈍感な三浦にはカケラも伝わっていないように感じる。
「つーか、占い信じすぎじゃね?」
「いいとこだけ信じるの」
「あっそ」
まだまだ、姉貴に女々しいと言われつつ占いを見る日々が続くのか。俺の意見が採用されたことなど滅多にないのだ。
「ん!?コンタクトずれた!い、痛いっ」
「………」
コンタクトはどうしようもないので静観することにする。くるくると変わる表情は眺めていて飽きない。
「定本、痛い」
「目薬ならある」
「そういう痛さじゃない!」
「…理不尽だ…」
「鏡見たいけど学校ついてからにする。ちょっと肩貸してね」
「別にいいけど」
ぎゅっと俺の袖を掴んで、果たしてわざとなのかそうでないのか潤んだ目が俺を見上げる。いつもきゃあきゃあ言ってる男に見られてもいいのだろうか。
三浦の考えていることは全くわからない。そうだ、まったく。
別にいいけど。それは別に嘘じゃない。むしろ、その好きな奴に勘違いされてしまえばいい。けど、三浦が泣くとこは見たくない。
「はぁ…」
「あ、迷惑!?」
「相当」
「えー、定本振りほどかないじゃん」
からからと笑って、三浦が大きく瞬きをすると大粒の涙がぼとっと落ちた。こすらないつもりらしい。
「えへへ、カップルに間違われたらどうしよう」
どうするんだ。小一時間ほど問い詰めたい。
でも、俺からは離れろなんて言わない。ずるいと言われようが、何と言われようが。他人に勘違いされるのは自業自得だ。
「今日は1位なのに」
「俺も12位なのに」
12位なのに、良い思いをしてる。学校に着いたら終わるけど。
「ほら、教室着くぞ」
「うん」
席に着くと、三浦は化粧道具をドンと机に出した。鏡、鏡、と取り出したのは手鏡。黄色の。お前が持ってるのかよ。
あぁ、そういう…。「黄色の手鏡をなかなか出さないから」、いいことが。
「あ、なんだ睫毛入ってた!」
「そうか」
「何ニヤニヤしてるの?」
「いや、別に」
+++
『今日の1位はさそり座のあなた!ラッキーアイテムは赤いマニキュアです!』
「…俺マニキュアなんて持ってねぇし」
いつものツッコミを入れて、テレビを消す。ぐーっと伸びをして、姉貴が家を出るのを見送って俺も登校する。今日のうお座は2位。今日は、どんないいことが起こるのだろうか。