Control
「烈、ゲームしよ」
一度部屋に戻ったはずの玲が、真新しいゲームソフトを持ってきた。ザァザァとうるさいほどの土砂降りに眠れないのだろう。それは僕も同じだったから、特に拒否する理由もない。テレビ台の中に押しこんでいたゲーム機を引っ張りだすと、玲は満足気に部屋の真ん中に座った。
「猫を育てるゲームなんだよ」
「2P使えるの?」
「うん。玲が猫ちゃんのママで、烈がパパね」
猫がプレイキャラクターなのか?というか、説明になっていない。
玲がソフトを入れている間に、ソフトのケースを見てみると、隅の方に15歳未満プレイ不可のマークがあった。………どう見ても、猫を育てるゲームじゃないんですけど…。
『みゃあ』
「あ、ムービー始まったよ、烈」
「う、うん」
子猫を拾い上げる主人公(人間)、CGの猫がとても可愛い。けれど、R-15ってどういうことなのだろう。
ケースから説明書を取り出す。ゲームをする際の初歩的な警告を読み飛ばし、プロローグを見ると、そこにはこう書かれていた。
『ある雨の日、子猫を拾った主人公(あなた)。子猫と共に暮らすうちに、だんだんと奇妙なことが起こり始めて…!?』
起こり始めて…!?じゃない。
これは、どう見ても、ホラーだ。玲の苦手な。
「玲、これホラーゲームっぽいよ」
「えぇっ!?」
「やめとこうよ」
「だ、大丈夫よ!何?烈、怖いの?」
…どうやら僕は言い方を間違えたらしい。なんで普通にやめようって言ってるのに挑発と受け取るのだろうか…。
「猫、可愛いねぇ」
「うん」
いや、正直一瞬猫の目が光ったの超怖かった。玲が目を離した隙に光るからグッジョブとしか言いようがない。
「あ、烈説明!えーっと、十字キーで移動…部屋や猫を調べる時はYボタン、はいが○ボタンでいいえが×ボタンね」
「猫調べてみるか」
猫に近付いてYボタンを押すと猫のアップと吹き出しが現れた。
餌をやる、撫でる、遊ぶ…。本当に育成ゲームみたいだ。じゃあ、あの説明書は何なんだ?
「烈ったら、やっぱり嘘じゃん。別にやりたくないなら一人でするからいいよっ」
「いや、ごめんって」
猫と遊んでいる画面を見ながら、玲が口を尖らせている気配を感じる。
「明日、玲のクラスで英語あったら辞書貸してあげるよ」
「えっ、ほんと?」
「ほんと」
「やった。英語の辞書毎日持って帰れってうるさいんだよね」
「玲のクラスだけだけどね」
喋りながら猫の反応に無難なリアクションを返していく。だんだんと事務的になっていくのは、僕も玲もアクションゲームとかシューティングゲームの方が得意だからだ。
不意に映り込む黒い影をことごとく見ていない玲は、きゃっきゃと楽しそうに猫を撫でまわしている。いやいや、どう見てもホラー映像ですからこれ。いかに玲が怖がらずに猫と戯れるか。それが僕のトゥルーエンドへの鍵だ。うん、ハードルは高ければ高いほどいい。
「…ゲームの雨の音なのか、外の雨の音なのかわかんなくなってきた」
「あー、僕もそうかも」
「猫、お風呂入れよ」
玲が猫を抱き上げてお風呂に向かうと、画面が切り替わった。これ、なんで2人プレイ可能なんだろう。意味がわからない。お化けを倒す時に有利なのかな。
「あ、見て烈、すごくリアルじゃない?」
「おー、本当だ」
いや、もうリアルすぎて宇宙人みたいだから…。玲はかわいーを連呼しているけど…。可愛くない。
嫌がる猫にドライヤーをあて、一段とふわふわになった子猫と戯れる玲。同じ部屋に居る時は画面が分割されているのだが、僕が辺りを見渡すと、少しだけ違和感があった。カーテンが開いてるような…。
カーテンに手を伸ばしたところで、玲があっと声をあげた。
「この家、キャットフード置いてないよ」
「買いに行きゃなきゃいけない感じ?」
「うん」
靴を履く、出かけるという選択肢を選ぶのだが、ここで履く靴の種類を選ばなければならない。…?いや、僕はこの中だとスニーカーしか履きたくない。
「あっ、このパンプス可愛い」
「じゃあそれにしたら」
「うん」
外が雨だと自動でそうするのか、主人公は傘を手に取り家を出た。
『キャットフード…子猫向けはっと…』
無駄に声優使いやがって…。ほのぼのした買い物ムービー(不必要)を終え、帰宅する。雨の音、ビニール袋のシャカシャカという音がやけにリアルだ。
「烈、電柱に変な影が隠れてる」
「…気を付けて」
『やだ…変な人がいる…。最近不審者多いって言ってたし、走って通り抜けちゃおう…』
主人公の声に合わせて、画面の右上に『タイミングを合わせて○ボタン』という表示が出る。
「玲、○ボタン」
「うん」
さすがにこういうのは得意なので玲は難なくこなしていく。最初のタイミングで走り出し、不審者の横を駆け抜ける。パンプスを履いた玲のキャラクターが躓くが、次の○ボタンですぐさま体勢を整える。そうして走って家へと帰っていった。
「何さっきの…」
「さぁ…」
「あ、猫に餌。猫~」
そういえば、猫に名前つけてないな…。オプションか何かで変えれるのだろうか。変えれない、猫の名前が重要でないなら、やっぱり育成ゲームの枠からは完全に外れているような気がする。
「あ、いたいた。『餌をやる』っと…」
「玲、そろそろ保存して寝よう」
「えー!もうちょっと…猫にトイレとか教えなきゃ」
カーテンがまた少し開いている。閉めてしまっていいだろうか。あれが完全に開いたら何か入ってくるかもしれない。カーテンを閉めるために窓に近付くと、窓にはくっきりと手形がついていた。
「っ、あっ」
「何?」
「弁当箱、出した?僕忘れてるかも」
「烈のお弁当箱なら一緒に出したよ」
心臓、バクバクいってる…。咄嗟に出てきた話題が弁当箱って…。玲は手形に気付かずにいるだろうか。
ふと窓を見ると、自分の部屋にも同じように手形がついているのではないかと気になってしまって、画面に集中できない。カーテン、ずっと開いてたっけ。
「わっ」
「ぎゃああああっ」
「どうしたの烈?」
「れ、玲が驚かせるから…」
「驚かせてないよ~。ていうかさ、さっき烈このゲームホラーって言ってたけど、パッケージにそんなこと書いてないし」
「えっ!?」
いや、書いてたし。今窓に手形とか不審者とかいたし。
『ある雨の日、子猫を拾った動物嫌いの主人公(あなた)。子猫と仲良くなっていく、ハートフル育成ゲーム、キャット☆スクエア』
「……………」
さっき見たのと違う…。これが一番のホラーなんだけど…。さっきの不審者は何だよ…。うわー、怖い。
にゃあ、と猫の鳴き声が聞こえて、僕はコントローラーを投げた。
「寝ようよ、玲。一緒に寝よ。僕お布団運ぶから」
「えー?何いきなり。さっきから変だよ、烈」
「変でいいよもう…」
僕が玲のサポート役なのは今に始まったことじゃない。それを彼女がわかっていようとなかろうと。
「ふふっ、そんなにホラーがしたいなら今度借りてくるね」
「苦手なくせに」
「苦手じゃないもん」
また猫がにゃあと鳴いて、玲が首を傾げた。
「あれ?ゲーム切ったはずなのになぁ…」
あとがき
Kからのリクエストでした。