家族、増える
わらわが帰ってすぐ、朝彦は進一郎の紹介で見合いをした。進一郎が間藤家の本家とすると、その分家、繁久殿の従兄弟の十八代ほど後の孫だと言う。繁久殿が魔力とやらでかなりの長寿命であったことがわかる逸話となりそうな話である。
「朝彦の縁談の件、ありがとう。貴様は浮いた話はないのか」
「エバンゼリンさんに求婚したが断られました」
「……戦争中であるしな」
「でも同盟国ですよ? 魔力が多い人がいいんですけどねぇ」
進一郎が両手を首の後ろで組み、座椅子に倒れ込む。
その、魔力を基準で選んだことがエバンゼリン殿にも伝わっているのではないだろうかと思ったが言わない。
朝彦の見合いはとんとん拍子に進み、すぐに住む家も決まった。朝彦の嫁には朝彦の妹と間違われたので、適当に返事をしていた。相変わらず、二十一歳の見た目のようである。
戦争中とはいえ、時折ぽつぽつと米国の空襲がある他は比較的他人事のようなものであった。朝彦の披露宴をささやかながら執り行えたし、食糧に困窮することもなかった。
「そういえば、ここらへんに空襲があった場合、進一郎の魔法でどうにかならないのか?」
「どうにかとは?」
「爆弾が落ちてくるのを跳ね飛ばすとか」
わらわが言うと、進一郎ははんと鼻で笑った。
「時間や空間は操作できませんよ。せいぜい、俺ができることを魔法で代用するくらいのもんです」
「父君は『魔法は万能』と言っていたが」
「エバンゼリンさんもそう言いますけどね、万能じゃないですよ」
「そうなのか。では、ええと、例えば、貴様が戦争に出ていっぺんに火縄を撃つということはできるのか」
「俺は戦争には出ませんよ。戸籍上はもう爺ですからね。今思ったんですけど、結婚相手、口うるさくない聾唖の娘とかがいいですね。研究の邪魔をされたくないし」
「貴様、屑だな。最低だ。取り消せ」
「はいはい、失礼しましたよっと」
進一郎は、日々歪んでいるようであった。研究が進んでいないことへの焦りも見える。
水筒に入れたサクラを空間の穴とやらでエバンゼリン殿の元へ送り、あちらで復活させてもらおうと考えていたが、研究の目的であるはずのそれを「魔法の研究成果」ではなく「吸血鬼の特殊な能力」で片付けてしまったときの、進一郎の心持ちを考えると言い出せないでいた。サクラには悪いが、長い人生のほんの一瞬であるところの数年、水筒で寝ていてもらおうと思う。
進一郎の研究報告を聞きながら団子を食べていると、朝彦がやってきた。
「いたいた。はやてさん、今日はうちに来た方がいいぜ。親父とお袋が大ゲンカしてるから」
「む。どうしたのだ」
「いいから、いいから」
朝彦に連れられて新婚の朝彦邸にお邪魔することになった。
「あら、妹さんも来たの。いらっしゃい」
「お邪魔します……」
頭を下げると、朝彦の嫁、和恵はにっこりと笑った。あやめには早々に正体を明かしたが、彼女は受け入れてくれるだろうか。
朝彦を好いてくれているのに、わらわが朝彦の幸せを壊してしまったら己を許せないだろう。
それが不安で、何も言えないでいる。
「どうしよう、まだ我を妹と……」
「いや、おばあちゃんには見えないからさ。和恵の前では妹でいいんじゃない。ほら、ご飯だよ」
「……あ、て、手伝います」
「ありがとう、これを運んで」
和恵に手渡された温かいご飯を食卓に運び、丸いちゃぶ台を囲んで夕食を食べる。和恵は、よく笑う女で、昔のあやめがころころと鈴のような笑い声だとしたら和恵はその場がぱっと華やぐような笑い方であった。
料理も、うまい。カフェーの跡を継いでも繁盛することだろう。
飯の途中、朝彦が幼い頃にわらわと寝ていたという話になり、何がどうなってそうなるのか朝彦を挟んで川の字になることになった。長いこと、昼夜逆転の生活を送っていたためよく眠れない。朝彦は赤子の頃より手のかからない――というより、一度寝たら起きない子で、今もぐっすりと寝ている。朝彦の向こうで、和恵が「はやてちゃん」とわらわを呼んだ。
「眠れない?」
「あ……はい、元々、夜寝ずに昼寝るようなひねくれ者で」
「朝彦さんって、妹のはやてちゃんから見てどのような人だった?」
「兄さんは……ええっと……」
目に入れても痛くない、子どもの子ども。
「ええっと、優しいです。小さい頃、小学校の帰りに毎日花を摘んできてくれた……。徴兵の間も、よく手紙をくれました」
「そう。優しいんだね」
「はい。怒ったところは見たことがありません」
「あの……霊感があるとか、そういうことはないかしら」
「!?」
「よくおばあさまの話をするの。すぐそこにいるみたいに。でも、私、お会いしたことはないでしょう? 時々、私には見えないおばあさんが見えているのかしらって思うの」
思わず起き上がると、和恵は少しだけ体を起こした。
「……そう……なの?」
「いや、……あ、いえ、そんな話は聞いたことありません。祖母は……」
祖母などいないといえば、朝彦は嘘吐きになってしまう。祖母がいるといえば、おそらくピンピンしているわらわのことを話しているのだから和恵に会わせないのは何か思うことがあってのことのようになってしまう。
「祖母は……亡くなっているので、その、可能性は、あるのかも……しれません」
「やっぱり……ちょっと怖いな」
「あ」
しまった。変に気味悪がられるのもダメか。結局悪手だ。
「で、でも、兄なら、きっと、あの、守ってくれますから!」
思いのほか大きい声が出て、はっと口を覆う。
「だから……あの、兄のこと、嫌いにならないで……」
頭を下げると、和恵は一瞬の間の後にふふっと笑った。
「そんなことで嫌いになんかならないよ」
「……よかった……」
和恵は、少し行儀悪く肘をついて朝彦の寝顔を眺めた。わらわも同じようにすると、子どものような寝顔のままであった。大きくなったなぁ……。
「……和恵さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
寝れないなりに目を閉じると、朝彦の幼少からの思い出が蘇る。嫁に出したわけでもないのに、少しばかり寂しい。
久しぶりに夜に寝た。
ふと、体が揺れて飛び起きた。地震かと思ったら、ふっと高いところから落ちる感覚でぞわぞわした。朝彦に抱きかかえられ、取り落されかけていたらしく、畳に尻を打ちつける寸前でどうにか持ち直された。
「起こしちゃったか。あの部屋、日が当たるから」
「すまないな。しかし、変に思われないだろうか」
「子作りしたいからあっちに寝かせたって言っとく」
「……もっと他にいい理由はなかったのか」
「いいじゃん。子作りして本当のことにするよ」
「婆にそんな話聞かせるな」
「霊感あるよりマシでしょ」
「起きていたのか」
「あんなでっかい声で話してればね。よし、ここならふすまを開けても日が当たらない」
ゆっくりとおろされて小声で「寝ててね」と言われて妙に気になる。耳を澄ませてはいけないと思いつつ、息をひそめてしまって余計に静まり返る。耳を塞いで目を閉じ、寝転んだまま丸くなる。
「うー……」
というか、なぜわらわがこんなに気を使わねばならぬのだ。
結果、和恵の怒った声が聞こえてきただけであったが、婆は孫の夫婦の営みなど知りたくはなかった。
「……はぁ」
夜が明けてすぐ、どんどんと戸を叩く人があった。
「朝彦、はやてさんいる!?」
「いるよー」
「くっそ、やられた」
「どうしたどうした」
日の当たらないところまで出てみると、蔵之介とあやめが玄関に立っていた。
「あら、お二人ともどうなさったんですか」
和恵が慌てて出てくる。腕を組みほくそ笑んでいる朝彦が、やがてくつくつと笑った。
「俺の勝ちだ」
「お前が参戦していたとは」
「何の話だ」
「はやてさんが、進一郎さんのところから戻ってきて僕とあやめのどちらにくるかで大ゲンカ」
「……我は犬か? 犬であったか?」
「気にしないでね、和恵さん。連れて帰りますから。新婚さんのお宅にごめんなさいねぇ」
「い、いえ、こちらこそお気になさらず……」
玄関までおりると、外は煌々と太陽が照っている。一体どうするつもりなのかと思っていると、玄関のすぐ外に台車の上に大きな旅行用の箱があった。
「……よもや……」
「うん。それじゃあ、和恵さん、お邪魔しました」
「あ、はぁ、はい……」
玄関の戸を閉め、影になっている軒下で箱に詰め込まれる。ガタゴトと運ばれるのは決していい乗り心地ではなかった。段差でもあるのか、時折夫婦のせーのという掛け声で大きく揺れる。
箱から引っ張り出された時には数時間が経っているように感じたが、実際は十数分のことであったようだ。
そんな、些細な出来事すら楽しい日々であった。
あまり代わり映えしないと思っていたが、年を追うごと、日を追うごとに徐々に戦況は悪化していっていた。ある日、進一郎が興奮気味にやってきた。
「はやてさん、俺結婚します」
「おぉ、随分と性急だな」
「聾唖がいいって言ったの覚えてますか」
「……あぁ、あまりに下衆であったので覚えている」
面と向かって悪口を言っているのに、進一郎はそれそれと頷いた。
「障害があるわけじゃないですか。その分、魔力が多いんです」
「は?」
「障害があると、魔力が多くなるんですよ! 音、あ、婚約者です。彼女が聾唖で、彼女に会ってその仮説に行きつき、他にも何人か障害者に会ってみました。そうしたら、先天性の障害者はほぼ全員魔力が多かったんです」
「……そうか。それで、その音さんを貰い受ける覚悟はあるのか?」
「もちろんです。正直、惹かれたきっかけは魔力の量ですけど。俺の研究が進めば、彼女は自分の魔法で障害を障害でなくせるかもしれない。音の声が聴きたい」
進一郎は興奮した様子で話す。
声が聴きたいというくらいなのだから研究の邪魔をしないから云々というのはその場の勢いであったのであろうことはわかるが、浮かれすぎていて不気味ですらある。
「勝手にしろ。しかし、幸せにしないと貴様の父君に代わって制裁を下すぞ」
「だーい丈夫ですって。はやてさんが想像するよりも惚れ込んでますからね。それじゃ、今度は音を連れてきますね」
不安しか覚えないが、あれで何十年も生きているのだから大丈夫というのならば大丈夫なのであろう。
また少ししたある日、進一郎が日没後に見目麗しい女性を連れてカフェーに来た。
「彼女が音です。音、この人が、俺の後見人なんだ」
そう言いながら、筆談で「親父が死ぬ時に頼んだ俺の親代わりのはやてさん」と書いていく。
こいつ、わらわのことを親代わりと思っていたのか。口うるさい近所の婆くらいにしか思っていないのだろうと思っていたので、衝撃のあまり開いた口がふさがらない。
音と共にぺこぺこと頭を下げ合っていると、進一郎が紙と鉛筆を差し出してくる。
「……ん」
「いや、あの、……お前が代わりに書け」
「なんで」
「よろしくと書け」
よろしくって言ってる。と進一郎が書いていく。音とまたぺこぺこやり合っていると、蔵之介とあやめも来た。
「あ、進一郎さんの婚約者さんですか。御子柴蔵之介です」
「妻のあやめです」
先程のように進一郎が筆談で紹介する。あやめは進一郎から鉛筆を受け取り、にこにこと音と会話をしている。
「はやてさん、音が気に入らない?」
「なんで」
「何ではこっちですよ。何であやめさんみたいに音と話をしてくれないんですか」
「……気に入らないわけではない」
「なら、なんで。俺はね、本当に口うるさくないから聾唖がいいって結婚を決めたわけじゃないですよ。はやてさんがあれを本気にして気に入らないっていうんなら」
進一郎が一気にまくしたてるので、首を振る。
そんなことわかっている。声を聞きたいと熱が入っていた言葉に嘘はないだろう。筆談の方が、研究の資料を作る時間も鉛筆も削られることだろう。声が届かないのに目を合わせて話すなど、腐っていた頃の進一郎からは想像もつかなかった。
惹かれたきっかけはどうあれ、進一郎が本当に彼女を大事に思って結婚を決めたことくらい、わかっている。
「気に入らないわけはない。……文字が、書けないんだ」
東條の家にいた頃は、字も習い、少しは書けた。あれからもう三百年。字を読むことはできるが、書くことはできない。手紙も届けるばかりで書いたことはない。
思ってもみない答えであったのか、進一郎は黙り込んだ。
「そうですか」
「……今後、あやめにでも習って努力はする。が、貴様の研究でどうにかした方が、早いかもしれんぞ」
「……! そりゃあ、研究の優先順位、変えなきゃなぁ」
進一郎が照れながら言う。
あやめは諜報の能力でもあるのか、わらわが進一郎と話している間に音から様々なことを聞きだしていた。音が進一郎のハンカチを拾ったのが二人の出会いであるとか、音は先日の空襲で天涯孤独の身になってしまったとか、一つ一つは小さなことだが末恐ろしい情報量であった。
それらを眺めながら、蔵之介がくすくすと笑う。その中で、進一郎が書いた文字を蔵之介が指でなぞった。
「まさか、進一郎さんがはやてさんを親と思っていたとはね。僕より遅くできた兄か」
「子だくさんだな」
「そうだね」
笑い合っていたのも束の間、けたたましく空襲警報が鳴り響く。
「電気消さなきゃ」
「地下に潜ろう」
三人でわらわが生活している地下へと駆け込む。朝彦夫妻や進一郎たちの無事を確かめたいがそうもいかない。
空襲でどこどこが焼かれただの日本軍がどこまで進軍しただのという血なまぐさい話が多くなってきた頃、朝彦がいつになく真面目な面持ちでやってきた。
「召集令状がきました」
「それは……おめでとう、ございます」
言わねばならない言葉とは裏腹に、全員の表情が暗くなる。言葉少なに話し合い、和恵は蔵之介とあやめの元に身を寄せることになった。
「蔵之介、話がある」
「……何?」
「朝彦を守りに、ついていこうと思う」
「え? 何言ってるんだ。もし何かあったら……」
「もう決めた。我に『もし』はない。あるならば、朝彦だ」
蔵之介が、深いため息を吐く。
古い軍服と、サクラが入ったままの水筒を引っ張り出す。進一郎に頼むつもりであったが、大陸へ行った時に復活してやろうと思う。
朝彦が旅立つ日の前日、乗りこむ予定の船に乗り込んだ。
「総員、整列!」
朝彦を含め、数々の兵士が整列するのを横目に見ながら髪を一つに結いあげる。
わらわに気付いた朝彦が明らかに挙動不審になったので少し申し訳ない。
「こちらは、サクラーティ・サヴァレーゼ大将だ」
「……よろしくね」
わらわが引っ張り出した軍服は、サクラを灰にした際に回収したサクラのものであった。艦長他がいろいろ勘違いしてくれたおかげで、わらわはサクラとしてこの場に立っている。初めは訂正も考えたが、サクラとして動いた方が朝彦をわらわの元に置けると判断し、そのまま身分を偽ることにした。
「わらわが夜襲班を率います」
「今から呼ぶものは、ビルマについたらサヴァレーゼ大将と共に二十一号作戦へ合流することになる」
当然のように朝彦が呼ばれる。朝彦は表情を変えずにいたが、どういうことだと今にも言いたげな目でわらわを見ていた。
わらわはここで、偽りの大将の名のもとに、朝彦を家に帰すべきであった。
インパールという地域を攻略すると言う。相手は、再び英国兵。しかし、現地の兵力もそこに加わっているという。ジンギスカン作戦という、荷物を運ぶ家畜を緊急時の食料とする案があった。
最初はよかった。しかし、急な山であること、梅雨のような季節であることが災いし、家畜は次々と脱落していった。また、わらわが夜にしか動けないために昼間は休んでいたわらわたちはともかく、家畜を引きつれてのろのろと進んでいた日本軍は格好の的となり、上空からの攻撃に家畜はほとんどが散り散りに逃げ出したという。
「朝彦」
「……はい」
「きちんと食ったか?」
「……えぇ」
「みんなはどうだ。大丈夫か」
まばらに生気のない声が返事する。手持ちの食糧も日々減っていくだけの状況に、不安が色濃く出始めていた。
「……はやてさん」
「どうした。我が食糧をやろうか」
「ううん。まだ大丈夫……、でもさ、もし……このまま食糧がつきたら、俺を、はやてさんの食糧にしてよ」
「馬鹿なことを」
愛する男も、愛する孫も。どうしてこう、わらわの食糧になろうとするのか。
どうして、正重が亡くなったときのことを今思い出すのか。
前線に辿り着くころには、班員が数名脱落していた。他の師団を見渡しても、ピンピンしているのは食糧の必要ないわらわくらいのものであった。前線は完全に膠着、英国の航空機が投下する食糧を奪っては班員に分け与えるだけの状態が続いていく。また、英国兵は完全にこちらを包囲し、こちらは蜂の巣になるばかりであった。
それでも夜襲を仕掛けていたが、この時既に日本の得意な戦術となっていた夜襲は返り討ちにあうことが多くなっており、わらわの班も班員が半減し、苦境を強いられていた。
何度撤退すべしと進言しても跳ね返され、サクラの階級が大将であったので無視されるに留まっていたが、同じく撤退を進言した師団長が三名も更迭され、日本軍は壊滅状態にあった。
ようやく撤退の指示が出た頃には、朝彦を含め班員はほぼ負傷し、負傷していない班員は伝染病で動くことのできない有様であった。
さらに追い打ちをかけるように、伝染病を恐れた英国兵が燃料を投下し、生者も死者も燃やし尽くしていく。
班員、また道中見つけた息のある者を庇いながらの撤退戦は、わらわの血を奪い遁走術も少しずつ威力が落ちてきていた。
「はやてさん、俺達を庇いながらじゃはやてさんが危険だ」
「ならば朝彦。我が朝彦だけを連れて逃げて、お前は許すか?」
「……許さないかも」
へへっと朝彦がその場には不似合いに笑う。この時、朝彦は負傷した傷が化膿し、不穏な咳をしていた。
わらわがどうしても朝彦に合わせてしまう上に夜にしか動けないため、撤退の速度は日を追うごとに落ちていく。信頼のおける班員に先頭を任せ、班の中の殿のようになっていた。数日もすると、本当の殿軍である宮崎少将に追いつかれてしまった。
もはや朝彦のみを気にかけて撤退をしつつ、日光を避けて運よく見つけた放棄された建物に入る。朝彦はぐったりとしていて、息も浅い。飲み水もほとんど口にしなくなっていた。
「はやてさん、俺、本当にもう……」
「許さぬ。何のためにわらわが来たと思っているんだ!」
「自分の体のことだからさ、わかるんだよ……」
「……連れて帰る」
「うん。ありがとうね、俺はまだいい方だよ。家族に看取ってもらえるんだから……。骨だけでも、頼むよ」
幼い頃から、大事に大事に育ててきた。最後まで他人を思いやる優しい子。
泣きながら抱きしめると、朝彦の体はどんどん冷えていく。その手が力なく床に落ち、わらわが大きくしゃくりあげた時、背後でからんと水筒が音を立てた。
「……これは……」
大陸の、奥で、復活させようと思っていた、灰。
「……サクラ……っ」
水筒をひっくり返し、クナイで腕を自らの腕を斬り落とす。痛みは感じなかった。灰に、わらわの体に戻る前の血液がかかると、その灰はうようよと蠢き、やがて美しい女を形作っていった。女は全裸であるのも気にせずに背骨をぐっと伸ばす。
「んーっ」
「サクラ! 血を、朝彦に!」
「あら、はやて……」
「いいから、こやつを眷属にしてくれ。生かしてくれ!」
サクラは大きな目を瞬かせ、わらわの涙をぬぐいとった。
「無理ね」
「何故だ!」
「もう、亡くなっているから」
「嘘だ……朝彦……、朝彦、返事をしろ……」
子どものような寝顔の、ような。死に顔。連れ戻して、いれば。あの時、怪我を防げていたら。班員を助けずに、朝彦のための血を残していれば。
可愛い可愛い、朝彦。
何故、朝彦が死なねばならなかったのだ。
朝彦、朝彦、朝彦。何度呼んでも、朝彦は二度と返事することはなかった。
「つ、連れて、帰らねば」
朝彦を抱えようとすると、サクラがばんっとわらわの頭を叩いた。
「何をする!」
「骨だけになさいな。日本に着くまでに腐ります」
「……」
ふと、骨だけを抱えて蔵之介の元へ帰るところを想像する。蔵之介と、あやめ、それに和恵に、どの面を下げて会えというのだ。
「……、……っ」
「全く、よく泣く子」
子どもにするようにサクラが抱き寄せて背をさする。
わらわは火遁の術で火葬した朝彦を前に一週間泣き暮らし、骨を日本へ送ってサクラと共に西を目指した。サクラの故郷に興味などなかったが、蔵之介に向き合う自信がなかったので、サクラに誘われるままついていった。