Mymed:origin

純血種の吸血鬼

 上階で大変な騒ぎが起こっているようだったので檻から出てみると(実は自由に出入りできました)、半地下の事務所には干からびた死体があり、喫茶店の通用口では藤丸さんが泣きながら灰を集めているという悲惨な状況でした。

「……。佐吉さん、どういう状況ですの?」
「や、なんか……。女子高生が、来たんだ。はやてさんの知り合いっぽかった。それで二人で地下に行って、……二時間くらいかな。そしたら突然これ。間が悪くて親父の目の前」
「……地下に制服を着たミイラがありましたわ」
「げっ、なんで!?」
「吸血してしまい罪悪感に駆られて自殺――……といったところでしょうか」

 はやてさん、突然すぎて意味がわかりませんわ。

「佐吉、クッキーの缶あったろ。持ってきて」
「お、おう」

 藤丸さんがクッキーの缶にはやてさんの遺灰を入れている間に、進一郎さんと恐さんがやってきました。後で聞いたところによると、友美さんが連絡してくれたようです。

「……これは、はやてさん?」
「そうらしいですわ」
「なんで突然」
「それが本当に突然でさっぱり」

 後日骨壺を購入してクッキーの缶から移すだけの簡単なお葬式を執り行いました。
 はやてさんを慕っていた藤丸さんの塞ぎ込みようはひどく、誰もが後を追うのではないかなどと心配したくらいです。藤丸さんもなんとか立ち直りましたが、暗黙の了解的にはやてさんの名前は誰もが口にしませんでした。
 久しく名前を聞いたのは、間藤ココちゃんが魔法学校を卒業し、遊びにきたときでした。

「いらっしゃい、ココちゃん。今日貸し切りだよね」
「うん。友美お姉ちゃん、はやておばさんは? 早く会いたいわ」
「……あー……、亡くなった」
「え!?」

 ココちゃんの後ろに立つ黒髪の外国人は、たくましく、不思議な佇まいの方でした。ココちゃんは友美さんが告げた事実を前に混乱したようでした。
 そんなココちゃんに佐吉さんが寄っていきました。幼い頃そうしていたようにココちゃんをあやそうとしているようでした。

「はやておばさんって魔女よね? 老衰には早いし、何か事故にでも――……」
「はやてさんは魔女じゃなくて吸血鬼だったよ。……自殺した」
「……そんな。あ、ねえヴォルター。吸血鬼って血をかけたら復活するんでしょ?」
「純血種だけはね」
「……はやてさんは……、眷属ですわ。確かブラッドレー卿の」

 ココちゃんのお連れの方がわたくしをまじまじと見ました。佐吉さんがココちゃんの頭を撫でるのをちらっと見つつ、ココちゃんに向き合います。

「ココ、彼女をマティアスに会わせたい」
「え? いいけど。えぇと――……、時子おばさま、いいかしら?」

 わたくしが頷くと、ココちゃんは地下を使いたいと言いました。確かに地下の魔力がないと入れない部屋に入ってしまえば、魔法を見られても問題ないので良い選択と言えるでしょう。
 部屋に入りながら、ココちゃんは人差し指をくるくるっと回しました。そして、わたくしが止めるのも聞かず女子高生のミイラが眠っている部屋の扉を開けました。しかし、ミイラはそこにない――……というよりも、全く違う部屋に繋がったようでした。
 欧風の部屋で、大きな椅子に座った男性がいらっしゃいました。偉そうです。

「マティアス!」
「やぁ。感動の別れをしたばかりだというのに何だい?」
「この人、ブラッドレー卿を知ってる」
「え!? 僕らより年上?」
「い、いえ、わたくしは直接存じ上げませんわ。わたくしの友人がブラッドレー卿の眷属でしたの。確か、はやてさんが眷属になったのは江戸の初め……今から四百年ほど前ですわ」

 マティアスというもう一人の外国人が深く頷きました。その頷き方というのも、優雅にゆっくりとしたものでした。

「大体四百年前から彼は行方不明だ。時期は合ってる」
「……探していらっしゃるの?」
「そうだ。始祖の末裔は五人。そのうちの二人も行方不明なんだ」
「……あぁ、サクラーティ様ですわね」
「サクラーティも知ってるのか?」

 マティアスさんが身を乗り出します。ココちゃんはどこからか椅子を持ってきてちょこんと座っているところでした。ヴォルターさんは付き従うようにココちゃんの背後に立っています。……夫婦なのですよね?

「ブラッドレー卿は、サクラーティ様が日本にいることを知って探しに来たのです。そして、はやてさんの返り討ちにあった。サクラーティ様は、江戸から第二次大戦まで日本にいましたわ。その後、イタリアに帰った後、行方不明に」
「イタリアに帰った……?」
「えぇ。はやてさんから聞いた話ですけれど、はやてさんと一緒にイタリアへ渡ったそうですわよ。イタリアからはやてさんを連れ戻したのは進一郎さんと聞いています」
「え、おじいちゃんが?」
「進一郎さんがエヴァンジェリン魔法学校で教鞭をとっていたと聞いていませんか?」
「……校長先生が言ってた気がする」

 マティアスさんが顔を手で覆いました。こちらとヨーロッパで、仕草はそんなに変わらないものなのでしょうか。

「情報過多だ……」
「時子さん!」

 地下の扉が乱暴に開かれました。驚いて振り返ると、手首から血をだらだら流した佐吉さんが入ってきました。
 はやてさんを、連れて。

「はやてさん!?」
「佐吉おじさん、血!!」
「その人が言ってた通り血をかけてみたら、生き返った」
「え、でも、眷属なんだろ? 俺が言ったのは純血種……」
「そうですわ……。というか、純血種はヨーロッパ圏にしかいないはずでしょう?」

 ココちゃんが魔法で佐吉さんの止血を行っている間にはやてさんに飛びつきましたが、反応はありませんでした。

「はやてさん、まだ復活したてで眠いんですの? そういうものなんですか?」
「……誰? わらわのことを知っているの?」

 手当を受けた佐吉さんを見ると、佐吉さんは目を伏せたまま首を振りました。

「記憶がないっぽい」
「この人の魔力、すっごいいろんな人のが混ざってない?」
「……はやてさんは人を襲う吸血鬼の血を吸っていましたから、そのせいかと思いますわ。中には純血種もいましたし」
「……、ゾッとするんだけど、吸血で魔力を溜め続けて復活可能な域までいったのかもな。でも記憶に影響があるところをみると、少しだけ足りなかったのかも」

 マティアスさんがまた頭を抱え、もう一度「情報過多だ」と呟きました。ご存知の内容ではないものばかりということでしょうか。

「時子さん、この状態のはやてさんを親父に会わせてもいいと思う?」
「……藤丸さん、びっくりして死んじゃいますわ」
「この人、預かっていい? 魔力のこととか少し調査したい」
「はやてさん、いかがです? マティアスさんの元でしばらく過ごしますか?」
「……わらわの名ははやてではなく、つばきだ。よかろう。マチアスとやら、よろしく頼む」

 はやてさん改めつばきさんは、躊躇いなくマティアスさんの部屋へ足を踏み入れました。マティアスさんは紳士らしくはやてさんの手を取りました。
 相変わらず舌足らずでマティアスさんの名前を発音できないのはそのままですわね。

「閉じるわね、マティアス」
「あぁ。結果が出たら会おう」

 扉を閉じると、再び開いても元の物置になっていた。佐吉さんがわたくしの耳元で囁くように言いました。

「……そういえばあの女子高生がはやてさんのことつばきって呼んでた」
「探していた方が転生したのが、彼女だったのでしょうか」

 つばき。その名は、教えてもらえませんでした。はやてというのは服部半蔵のような、忍びを代表する名前なのだというのは聞いたことがありますが。

「時子おばさま、突然ごめんね。マティアスも吸血鬼の始祖の末裔なのよ。だから探してるんだって」
「あら、そうでしたの。それにしても、サクラーティ様は他の誰にも会わずに行方不明になってしまわれたのね」
「あんたはサクラーティの眷属なのか?」
「いいえ、わたくしは……ブラッドレー卿についてきた方の眷属ですわ」

 お店に戻ると、恐さんと希さんも来ていました。そういえば友美さんが貸し切りと言っていましたわね。

「あ……、そうだった。今日はヴォルターの紹介をするために来たんだった」
「佐吉、テーブルを寄せましょ」
「うん」

 はやてさんに見せたかった、とこぼしたら、佐吉さんがわたくしの肩を抱きました。肩を指の腹でさすられましたので、少しくすぐったくありました。
 その上わたくしも身内として紹介いただけたのですから、身も心もくくすぐったい時間でありました。

 ココちゃんが再び訪れたのは、ヴォルターさんを紹介いただいて一週間ほど経ったときでございました。

「はやておばさま……いえ、つばきさんは公爵家で預かることになりました。太陽光を怖がらないから教育をしないといけないということで。というのも、ブラッドレー卿がいない今、ブラッドレー卿の血を継いだのはつばきさんだけなので、ブラッドレー家の養子になる可能性もあるんだって」
「……、急展開すぎて」
「だよね。ブラッドレー家があるのはイギリスだけど、イギリスに住むのか日本に住むのかは未定。まあ魔法があればすぐだから、つばきさんが魔法を習うならどこに住んでも同じだと思う。希望すればエヴァンジェリン魔法学校に入れるようにするつもり」

 ココちゃんの母校であり、勤務先。エヴァンジェリン魔法学校に行きたいとはやてさんが言うでしょうか? 復活したはやてさんは素直な少女のようでありましたし、案外あっさり進学したいと言うかもしれませんわね。

「藤丸おじいちゃんには、もう知らせなくていいと思うんだ」
「えぇ、わたくしもそう思います。生き返ったと思ったら記憶がないなんてあまりに酷ですわ」
「うん。でも佐吉お兄ちゃんと友美お姉ちゃんには言ってくるね」
「えぇ。よろしくお願いいたします」

 はやてさんは、何になったのでしょうか。何になりたかったのでしょうか。日本唯一の純血種として、生きていくのでしょうか。
 物語の終わりとして、これはどういう終わりなのでしょうか。
 はやてという忍びは、これにて一人もいなくなってしまいましたとさ。ちゃんちゃん。なのか。
 彼女は不幸を全て忘れて何不自由なく幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。なのか。
 いえ、きっと物語は続いていくのでしょう。