化け物の侵略、再び
店の奥でトーストをかじっていると、開店前だというのに戸が開いた。
「まだ開店しては……、はて、子どもが」
泣きはらした子どもが、立っていた。
どこかで見た子だ、と思っていると蔵之介がさっと駆け寄った。
「春吉、どうしたんだい」
「春吉……、あぁ、ひ孫か。七、八年ぶりではないか。覚えているか?」
「和恵さんはどうしたんだい、こんなに痩せて……。ほら、ホットケーキでもお食べ」
蔵之介と二人になってしまってから、実に五年経った頃のことだった。
春吉は朝彦に似た聡明そうな瞳を涙に濡らし、大きくしゃくりあげた。
ホットケーキを食べながら嗚咽交じりに話したことによると、どうやら和恵が再婚し、再婚相手が春吉を追い出そうとしているらしい。和恵は泣いて嫌がったが、春吉はいたたまれず自ら家を飛び出たということだった。
「……それはまた、男を見る目がない」
「女が子ども抱えて、腕一本で生きていくのにも限界があるからね……。そんな男でも、頼りになる所はあるんだろうね。よし、春吉、じいちゃんのところに住みなさい。ここなら和恵さんの家にも近いからいつでも会える」
「お願い、します」
「和恵さんを恨むなよ。決して、春吉を捨てるわけじゃない。生きていくためには仕方のないこともあるんだ」
わらわなら子どもを手放せという男など家からたたき出すが。そうもいかないものなのだろう。いつの時代も女は弱いものだ。
新聞を広げると、一面を飾っているのは人が干からびるという奇妙な事件であった。被害者宅は随分近所であるらしい。干からびる人間。思い当たる節はある。吸血鬼だ。
日本は明治維新にも負けず一気に西洋化が進み、わらわも時折ひらひらとしたスカートというものをはくようになっていた。
「はやてさん、そろそろ開店する」
「あぁ、承知した。……あー……、春吉、一緒においで」
春吉は黙って地下室へついてきたが、以前和恵がわらわに向けたような不審そうな目でわらわを見る。何か吹き込まれているのであろうことは容易に想像がついたが、とやかく言うのも無粋というもの。好きなように過ごしてもらうことにした。
先程の新聞を読み込むと、被害にあっているのは夜に出歩いた若い女性ばかりであるらしい。被害に遭った場所は隣の集落に集中しているため、吸血鬼はそこらへんに潜伏していると思われる。
「はやてさんは普段何をするんですか?」
「寝ている」
「店も手伝わず、結婚もせず?」
「そうだな。貴様と同じ、居場所のない役立たずだ」
わらわが適当に言った言葉に、春吉は素直にムッとした顔をした。
「母が言っていた嫌味をそのまま言うのはいいが、自分が言われる覚悟もせねばな?」
「でも、僕は子どもであなたは大人でしょう」
「ふーん? 子どもは子どもらしく学校にでも行けばよいのに、行かせてもらえなかったのか? わらわは血のつながりはなくとも子どもを学校に出すくらいはしたがな」
「……」
春吉はまたムッとした顔をしたが、それは一瞬のことだった。ぽろぽろと涙をこぼしたのだ。
あ、しまった。ついムキになって泣かせてしまった。
これはわらわが大人げないとは思う、が……。
「泣き声が聞こえたけど、どうしたの!?」
「店も手伝わず結婚もしない穀潰しというのでお前もだと言ってやったのだ」
「あー、もう、子どもの言うことにムキになっちゃって、大人げないなぁ」
蔵之介が本当に呆れた顔をしたので、自覚はあっても少し傷付く。わらわだってひどいこと言われたのに。
「この餓鬼、学校にやった方がよいのではないか?」
「うーん、まぁ、そうだね」
「わらわは、夜に仕事をしようと思う」
「えっ、夜って、風俗でもするの?」
「まぁ、いつだって生娘であるからな。需要はあるやもしれぬが、これだ」
新聞を見せつける。と、蔵之介は変な顔をした。
「何? また危ないことするの?」
「おそらく、吸血鬼の犯行だ。わらわが倒す」
「そんなことでき……るのかぁ。そうだよなぁ」
「おじいちゃん、どういうこと?」
「あぁ、はやてさんはね、魔法使いなんだよ」
「!?」
確かにきちんと言い聞かせたことはないが、まさか魔法使いだと思っていた? いや、そんなわけないか。朝彦も血を吸ってと言ったくらいだし。吸血鬼と知らせて無駄に怯えさせる必要はない、ということか?
「あー……ええと、まぁ、とにかくわらわは強い!」
力こぶを作って見せながら、春吉に言う。しかし我ながら、「とにかくわらわは強い」って何だ……。
***
少し肌寒いが、鞄にクナイを入れて会社帰りの人々の波に混ざる。街灯が増えてからというもの、随分と夜に出歩く人が増えた。
隣の集落には、いたるところに不審者を見かけたら通報するようにと書いてあった。わらわ達が住む場所よりも米軍基地に近いこちらは、時折外国人を見かけた。それらがぶらついているため、外国から流入した吸血鬼もさほど目立たぬということであろうか。
「……あら、あなた……」
後ろから引き留められて、振り返る。どこかで見た顔だが、思い出せない。
「……えぇと……?」
「はやてさん……では?」
一瞬、反応ができなかった。
わらわのことを知るものなど、そういない。わらわが吸血鬼と知るのは、今や蔵之介と進一郎くらいのものだ。
「時子と申します」
「ときこ……?」
そのような知り合いは、いない。首を傾げると、時子とやらはお忘れですのね、と笑った。
「吸血鬼に拐かされ、助けてくださったでしょう。新撰組で」
「!」
確かに面影はある。しかし、若すぎる。
老けるのが遅い人間に心当たりはあったので、生きていたことに驚きはしたが、その容姿にはさほど驚かなかった。
「魔女とやらであったのか」
「……自分が何なのか、わかりませんの。魔法学校にも誘っていただいたけれど、魔法は使えませんでしたし。……あぁ、そういえば、はやてさんはこんなところで何かお探しなのかしら? この時間、この界隈は立ちんぼくらいしか出歩きませんことよ。わたくしもそろそろ帰ろうかと思っているところですの。お茶でもいかがです?」
「あ……、あぁ。積もる話もあろうし、いただこうか」
時子は繁華街の隅で一人暮らしをしているらしかった。確か、徳川家に嫁に行くかもしれぬような家柄の娘であったのだったか。あぁ、そうだ。居場所を確保するのに必死になって家事を世話していた娘だ。それで、わらわはその必死さが心配で。
「我が吸血鬼だと知っていたのか」
「……えぇ、わたくし、よくサクラーティー様と遊んでいただきましたから。はやてさんが来たときもおりましたの。ですので、本当は新撰組にいるときから、知っておりました」
がむしゃらに働くのでサクラの思い過ごしなのではないかとも思っていたが、やはり相当な家柄の娘であったらしい。しかしわらわが吸血鬼と知って平然と暮らしていたのは、肝が据わっているのか、危機感がないのか。
「そうか。我が一時期新撰組に力を貸したのは、サクラに頼まれてのことだ。貴様を見守るようにと」
「サクラーティー様が……。あの方は、今いずこに?」
「檻に嫌気が差したのだろうな。戦争で外に出て、国に帰った」
「そうでしたか。今一度、お目通り願いとうございました」
なんだ。サクラの奴、案外きちんと慕われていたのか。時子は、過去を懐かしむように微笑みながら遠い目をした。
「時子、今は何をしているのだ?」
「在日米軍基地の中にカフェーがありますので、女給をしておりますわ」
「そうか」
改めて見渡してみると時子の家は狭く、つつましかった。小さなちゃぶ台を挟んで向かい合う。しかし、身に着けている服は流行の最先端とでも言うべき洋風のものだった。
「いつまで新撰組に?」
「ずっと、見守っておりました。わたくし、半分吸血鬼ですの。怪我をしてもすぐに治りますから……少々危なくても新撰組におりました」
「吸血鬼……。しかし、昼間も外に」
「えぇ、そうですの。私をさらった吸血鬼は、混血というもので母親が人間だそうですわ。吸血鬼の血が薄く、その眷属であるわたくしは光に当たっても大丈夫な代わりに不老ではありませんの。魔法も使えませんし、ただの丈夫で老いるのが遅いだけのものですわ」
「昼間も動けるのはうらやましい。我が最後に日の光を浴びたのは、我が主が天下統一を為した頃。江戸の泰平は、闇の中からしか見ていない」
「……死ねぬというのも苦しきものです」
怪我は治るし唯一の天敵である日光もものともしない。羨ましい。だって、日の下を歩ければ、きっとあの時の撤退だって早く済んだ。朝彦を守り抜くことができたはずなのだ。
だからだろうか。わらわが吸血鬼の殺し方を知っていることも、おそらくわらわが血を吸いきってしまえば死ぬことも、言うつもりはなかった。
「一時期はどうにかして死のうと思っておりましたが、どうせ叶わぬのなら適度に生きることにしました」
「……良い考えだ。何か楽しきことはあるか?」
「そうですわね、今は……メリケンの言葉を習うのが楽しゅうございますわ」
「……良かった」
助けた意味は、あったのか。
時子は、ふと顔をあげてわらわを見た。両手で包むように持っている湯呑みには、すでに冷えた白湯が入っている。
「それで、はやてさんは何をお探しで?」
「あぁ、吸血鬼だ。この近辺で人を襲っているのがいるであろう」
「いますわね」
「人を襲う者を打ち倒そうと思う」
「そんなこと可能なのですか?」
「捕まえて日の下に転がせばよいだろう」
「そんなこと……そうですか、はやてさんならできる、ということですわね」
「まぁな」
時子は、俯き加減で少し思案し、顔を上げた。
「……これは、わたくしの予想ですけれど、米軍基地の向こう側が、初めの被害があったところですわ。おそらく、犯人が拠点をおいているのは基地の向こう側ではないかと思いますの」
「しかし、新聞で見たのはここらへんだ」
「確かに、被害はこちらが多いですわ。基地よりこっちに広がったのは、三件目からですの。わたくし、何軒かお葬式に出ましたから、わかりますの。一件目と二件目は、基地の向こう側。それから……そう、まるで、自分の拠点はこちら側とでもいうように、こちら側に被害が広がってきましたのよ」
つまり、警察はこちらを探しているから見つからないということか。
時子は上目遣いにこちらを見た。相変わらず、人に必要とされようと必死な様子だ。だが、昔より随分といい顔をしているように思う。
「わかった。向こう側を探してみよう」
「! 信じてくださいますのね」
「もちろんだ。こちらは一切手掛かりがないからな」
時子が嬉しそうに頷くので、とりあえずそちらを探してみることにするかと適当に方針を固めた。そろそろ帰ろうかという頃に、時子がわらわを引き留めた。
「あの、はやてさん、またお会いできますか」
「あぁ、我は新撰組を離れたのち、カフェー・きららという店に身を寄せている。隣町だ。昼間はいつでもいる」
「では、近日中に伺いますわ」
「そうだな。来てくれたら我が子を紹介しよう」
「え? お子様が?」
「孤児を育てた。サクラーチーには愚かだと言われたが」
「……孤児……」
「あぁ。心のよりどころがあるのは随分と生きやすい」
時子は大きな目をしばたかせて、返事の代わりに湯呑みに湯を注いだ。暖を取るように湯呑みを両手で包み、それからたっぷり数分の沈黙ののちに、ぽつりと言った。
「わたくしも、孤児を引き取ってみようかしら」
***
在日米軍の軍人を最後に連続変死事件がぴたりと止んだという報道は、新聞の隅に小さく載っていた。その軍人が自供する遺書も見つかったとのことだ。
まぁ、わらわが偽装したのだが。
新聞を畳むと、階段を下りてくる音がした。カフェーの開店時間前なので蔵之介かと思ったが、足音は蔵之介とも春吉とも違う。西洋の靴らしい硬い音がする。西洋の靴にまで考えがいきついて、該当する人物に思い当たった。時子だ。
時子は、何か怒りをたたえたような顔をしつつも、「お邪魔致します!」と宣言するように挨拶した。そこらへんは腐ってもお嬢様だ。
「いらっしゃい。今日は仕事は休みか」
「辞めて参りました」
「辞めた?」
「えぇ」
鼻息荒く肯定するので、これは長くなるぞと思い椅子を勧めると、時子はらしからぬ粗雑さでどっかりと座り、腰を丸めて顔を覆った。
「一体どうしたんだ」
「基地の前に、いつも孤児が座っていましたの。そこにいれば、哀れんだ外国人がお菓子をくれると知っているからですわ。わたくし、それも生きる知恵と見て見ぬふりをしてきました。恥ずかしながら、可哀想とは思いつつも自分が何かをしようだなんて思いもしませんでした。少し前まで自分一人が生きるのに精いっぱいでしたし、……まぁ、言い訳はいくらでもできますわ。はやてさんに孤児を引き取ったというお話を聞いて、あの子は孤児なのだと改めて気付き、初めて話しかけてみましたの。ご両親を亡くし、家も取られたそうです。それから、毎日話しかけて、気にしていましたの。とってもいい子で、この子なら引き取ってもそれほど苦労はしまいと、切り詰めればどうにかなると思いました。その時……、見てしまいましたの。米兵の方がお菓子を投げて、土のついた包みをその子が嬉しそうに拾っていました。まるで、畜生を見る目で、楽しんでいましたのよ。わたくし、見て見ぬふりどころか、見てもいなかった。怒りにまかせて、覚えたてのメリケン語で罵倒し……」
「その子を連れてここへきたというわけか」
時子がぽろぽろと涙をこぼし始めたところで言葉を引き継いだ。茶を載せた盆を手にたたずむ蔵之介の後ろに、ガリガリに痩せた少女が居心地悪そうに立っていた。
「引き取るのか」
「えぇ」
「君は、時子に引き取られたいのか?」
「……」
少女は首をひねった。
「このお姉さんと一緒に暮らしたい?」
「!」
蔵之介が優しく問いかけると、少女は大きく頷いた。少しは信頼を得ているということか。
「まぁ、本人がそう言っているならいいが。どうするんだ? 引き取ってもいいと思ったのは職があったからであろう」
「働き口ならきっとどうとでもなりますわ」
きっとではいけないと思うのだが。
せっかく泣き止んだので、今のところは余計なことは言うまいと茶を勧める。
「蔵之介、風呂を貸してやっていいか」
「えぇ。沸かしてきます。それから、ご飯も」
「助かる。時子、風呂に入れてやるといい。暖まって腹を膨らませて、それからじっくり考えろ」
「……ごめんなさい」
時子は泣き止んだはずなのにまた大きくしゃくりあげた。
「名前はなんと言うんだ」
「……いちこ」
「いちこ。この泣き虫とお風呂に入っておいで。さっきのおじちゃんが場所を教えてくれるから」
「うん」
いちこは泥まみれの服を恥ずかしそうに引っ張って、時子と一緒に風呂へ向かった。
二人が風呂に入っている間、蔵之介が部屋に来ていた。
「孤児って、解決した問題かと思ってたよ」
「確かに、軒並み保護されたと思っていたが……、その後に親が死んだのかもな」
「あと、時子さん……だっけ? GHQに喧嘩売ったってことでしょう? ちょっと怖いなぁ」
「ジイエッチキュウではなくなったであろう? もはや占領下ではないし、そうそうデカい顔もできんはずだ。そもそも畜生のように扱っていたならばそやつらが責められるべきだし」
「そうだよねぇ。……まったく、ひどい話もあったもんだよ。時子さんって、はやてさんとは違った意味で強いね」
「そうだな」
「……まぁ、僕としては、GHQが店を荒らしに来ないなら時子さんの求職中に地下の余ってる部屋を使うくらい問題ないよ」
「蔵之介……。いい子に育ったなぁ」
「店開けてくる」
蔵之介が照れくさそうに階段をのぼっていくので、ゆっくりと茶をすする。やがて、店で食事をとってきた時子といちこがおりてきた。いちこは少し大きい春吉の服を着ている。シャツが大きくて肩口が少しずれているのが愛らしかった。
「はやてさん、寝かせてもいいかしら」
「あぁ。我が布団を使うといい。蔵之介が、求職中くらいは隣の空き部屋を使っていいと言っていた。部屋を引き払うといい」
「まぁ……なんてこと……。ありがたいわ」
いちこを寝かせて、時子の感動がやっと落ち着いた頃、そういえば、と時子がこぼしながら脇にあった新聞を手に取った。めくった先には、わらわも朝目を留めた小さな記事がある。在日米軍の軍人が連続変死事件の犯人であると自供する遺書を書いて変死していたのが見つかったというものだ。
「これ、はやてさんですわね」
時子が例の新聞を持ってずいっと寄ってくる。蔵之介が用意した茶が危うくこぼれそうになるほど、時子が手をついた衝撃で机が揺れた。せっかく寝たいちこを起こさないという配慮はないらしい。
「まぁ、そうなるな」
「吸血鬼は灰になるはずです。この遺体は、どなたですの!?」
「最後の被害者だ。ちょうど傍にあった」
「ではこの方は、被害に遭われた上に濡れ衣を被ってしまったということですの?」
「まぁ、そうなるな」
「……おいたわしい……。この方も浮かばれませんわ」
「我は別に正義の味方というわけではないからな。この吸血鬼を始末さえできればよかったのだ。貴様の読み通り、基地の向こう側にいたぞ」
茶をすすると、時子は黙りこくって椅子に体を沈めた。家でそうしていたように、両手で湯呑みを包む。
「そうですわね。正義の味方では……。わたくしのときはたまたま助けてくださっただけで」
「左様。万人を守ろうなど、腕がいくつあっても足りない。我が守れるのは、そんなに多くない。貴様とて、いちこのような子どもがあと百人いますと言われても引き取れぬであろう?」
「……そう……ですわね。……それでも、憧れの方にはそれらしくあってほしいと思うものですもの。できれば、被害者のフォローをしてあげてほしいですわ」
「ほろー?」
「うーん……面倒を見るというような意味のメリケン語です」
「我が仕事は、そのようなものではない。貴様に蔵之介に進一郎。でかい子どもはもういらん」
「あら、引き取った孤児とは蔵之介さんですの? てっきり戦争孤児かと」
「引き取ったのは大正の頃の話だ」
「そんなに昔! ……あぁ、でも、納得ですわ。だから、お優しかったのね、蔵之介さん」
時子は何やら一人で納得している。見ていて飽きない奴だ。こうも感情のままに生きていて、子どもをうまく育てられるのか、果たして疑問である。
「話は戻りますが、はやてさんには、被害者の方にもお優しくあって……いただく必要は、ございませんわね」
「ん?」
「わたくしがフォローをする係になれば良いのですわ!」
「ほろーするのは構わないが、ならば、例えば今回のようなときはどうするのだ?」
「少なくとも、被害者を犯人に仕立て上げるのは……死して辱めを受けるなんて論外ですわ。そうですわねぇ……、
遺書を、海とか、山とか、遺体を探せないところに置きますわね。それから、他に暴れている吸血鬼の情報を探してはやてさんに情報提供をいたします。きっとこれから増えますわ」
「諜報に偽装を貴様が」
「そして、退治をはやてさんが行うのです」
「ただいまぁ」
春吉が学校から帰ってきた。泣かせてしまったこともあってしばらくは地下には近付きもしなかったが、店にいては邪魔だと思ったらしく、学校から帰るとわらわの「相手をしてやっている」そうだ。
「おかえり、春吉。こちら、時子だ。そっちで寝ているのがいちこ。時子はわらわの友人で、しばらく隣の空き部屋に住む」
「春吉くん、こんにちは。お店を出すまでの間、よろしくお願いいたしますね」
「あ……えっと、はい」
「いちこは、学校に行くことになれば一緒に連れて行ってやってくれ」
春吉は、今までそのようなことはしたことがないのにわらわの隣りに座った。時子の美貌を拝みたいのかと思ったが、しっかりとわらわの衣を掴んでいるところを見るとどうやらそうでもないらしい。
「お店、カフェーするの?」
「カフェーばかりが店ではない」
「そうねぇ、するのは……探偵業よ」
「探偵? 明智小五郎みたいな!?」
「あら、江戸川乱歩を読んでいらっしゃるのね。そうですわ。探偵をいたします。近衛時子にございます」
時子は高らかに宣言した。
お嬢様にどれほどのことができるのか、期待せずに見ておこうと思う。